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箱庭廻さまからいただきました.hack//hydrangeaのステキ三次小説です。


繋がる。

繋がる。

接続する。

結び付く。

手を絡めるように、唇を重ねるように、交尾をするように、人は知り合って、関係を持ち、心を繋げ、時には断絶し、時には強固になり、絡まりながら結ばれていく。

孤独は点であり、他者である点と関係という糸を繋げることによって線となる。

結ばれた点と線は幾重にも重なり、いつしか網となって世界を構築していく。

人間の思考がシナプス結合という名の回線によって構成されるように、現在世界中に張り巡らされたネットワークはもはや一つの生き物であるといっても過言ではない。

PCという名の無数の顔を持ち、多元なる言葉を重ね、時には意地悪と時には願いを叶える存在。

高度発達した電子ネットワーク。

それらが人間にとって欠かせない文明となった世界。

二度に渡るネットワーククライシス【冥王のキス】、【冥王再臨】という未曾有の危機を乗り越えた世界。

そこにそれは在った。

【The World】

"世界"と名づけられた大規模MMORPG。

全世界で2000万人に達する大規模オンラインゲーム。

 

 

これはその小さな世界の中であったかもしれない物語。

世界に閉じ篭められた一人の少年が、ただ唯一手にした少女の記録。

孤高の少年に唯一?がれた少女の断片である。

 

 

 

 

 

【.hack//Hydrangea】

 Login_Error  接続少女と孤高の少年(前編)

 

 

 

 

 

 

The World。

それは西洋ファンタジーを題材にしたMMORPGだ。

その中に生きる人々――PCという名の外装を得た人々は剣や槍、杖や槍を携え、甲冑やローブに身を包み、思い思いの考えや願いを持って、作り上げられた世界に足を運ぶ。

ある者は武装を固めて凶悪なモンスターや難解なダンジョンを踏破することに勤しみ、とある者は逆に町行く人々と会話を楽しむことに精を出し、とあるものはせっせと情報やアイテムを収集しては金を稼ぐ行商人を演じたりもする。

オンラインゲームにはシナリオはない。

端末の向こう側にいるのは現実の人間であり、誰かが描いた筋書きなどはなく、一人一人の思考や行動を持って世界は彩られ、物語は作り上げられていく。

主人公など居ない。

シナリオなんてない。

ただあるのは舞台のみで演じられる演劇の内容は役者が決めるだけ。お互いが決めた役割を演じ、作り上げられていく箱庭の中の世界。

されども、その主人公無き舞台の中でも特別は必然と存在する。

どんな社会であっても人に格差が出来るように、どんなに平等を謳おうとも差が生まれ、個性という名の違いがあるように、その世界には特別になった者達が居た。

かつて攻略不可能と呼ばれた幻想竜【ザワン・シン】を打倒し、その栄光と偉業を称えたとある詩人によって名づけられた【フィアナの末裔】――【蒼天のバルムンク】・【蒼海のオルカ】

The Worldに隠された【最後の謎】を解き明かしたとされる伝説のPCグループ【.hackers】

いつしか誰かが名づけ、最強と呼ばれる伝説のPC【蒼炎のカイト】

あらゆる未来を知ると噂をもち、未来を予言するとされる助言者【闇の紫陽花・ハイドランジア】

そして、The Worldにおいての他PCとの繋がり――アドレス交換を行わず、最古たるβ版――【フラグメント】から参加し続け、今なおプレイを続けるヘビーユーザー。

【孤高】の字を持つ双剣士・ハイド。

彼の前に、ある一人の少女が現れたことからこの物語は始まる

 

 

 

 

 

 


【Δサーバー 水の都市 マク・アヌ】

 

「――メンバーアドレス交換しよっ」

「は?」

その日その時、Δサーバールートタウンの象徴である大橋の下。

一人静かに河を眺めてぼうっとしていた青色の帽子を被った少年タイプの双剣士が、不意に掛けられた言葉に声を上げた。

声をかけられた方角に双剣士の少年が振り返ると、そこには白いローブを着た呪紋使いの女性……というにはあどけない顔をした外装のPCが立っていた。

美人というよりは可愛く、凛々しいというよりも可憐と呼べる少女。

だがしかし、それよりも少年には気になっていたことがあったので口を開いた。

「いや……誰、あんた?」

そうなのだ。

目の前にいる呪紋使いの少女の顔に、双剣士の少年はまったく見覚えが無かった。

おそらく初対面であろう少女に対し、彼は胡乱げな表情を浮かべる。

「あのさ」

「ん?」

「あなた――【ハイド】っていうんだよね。孤高のハイドで間違いない?」

少女は妙に遅く、間延びした口調でそう告げた。

「……」

双剣士の少年――ハイドはその言葉に軽くうんざりしたような表情を浮かべた。

とある事情ととある思いがけない不可避事態で貰いたくも無い高名な二つ名を得てしまった彼に対し、同じような対応をしたPCはうんざりするほど居た。

どこぞのアイドルの如く熱狂的に言葉を交わそうとする者、意味の判らない嫉妬で妬んでくる者、何を勘違いしたのか積極的に取り入ってそのお零れを預かろうとする下種など、様々なPCがその外装越しに言葉と意思をぶつけてくる。

幸いそれらのことなんてまったく気にせずに付き合ってくれる友人たちがいるからハイドは明るく楽しんでいられるが、それでも思い出したようにこうしてやってくるPCに閉口するのもしょうがないだろう。

「ああ。俺がハイドだけど……」

少しうんざりした態度で声を出しながら、ハイドが少女を見上げる。

「なら知ってるんじゃないか? 俺のポリシー。"俺は誰のメンバーアドレスも持たないし、渡さない"ってさ」

過去誰一人としてメンバーアドレスを手に入れずに、同時に渡さずに、ソロオンリーで過ごし続けてきたが故に名づけられた二つ名が【孤高】

そのスタイルはかなり有名になったと思っていたのだが……

「え? そんなポリシー持ってたんだ。私はてっきり……」

「てっきり?」

「――友達の出来ない淋しい人だと思ってたんだけど」

「違うわっ!!」

その言葉に、思わず全力スピンチョップを見知らぬ少女Aに打ち込むハイド。

――唐突だが。

タウン内でのPK……すなわちプレイヤーに害する行為はシステム上不可能となっている。

つまり武装をしていてもダメージは与えられないし、武装は引き出せないということである。いかに攻撃力やレベルが高くてもノーダメージだ。

けれども、PCに割り振られたステータスはそれなりの反映をされている。貧弱な防御力しか持っていない呪紋使いが大柄で武装を固めた重斧使いに体当たりをされれば、それなりによろけたり、転んだりもする。

そして、この双剣士ハイド。小柄な外装なため質量判定の度数は高くないのだが、そのステータス修正がかなりやばい。

何故ならば彼のレベルは上限値である99――いわゆるカウンターストップの最高レベル。巨体を誇る鎧超将軍などを素手で撲殺出来るぐらいにステータスが高い。

しかも長年のプレイでコツコツとドーピング行為(ステータスアップアイテムの使用)などで双剣士の貧弱なはずの防御力はもちろん、攻撃力だって職業中最大攻撃力を誇る重槍使いにも劣らない。

Q:そんな彼の手加減なしのツッコミを受けた呪紋使いの少女はどうなるでしょう?

A:派手に吹き飛びます。

「あ」

よろけるどころかどこぞの聖なる闘士漫画みたいな描写で吹き飛んで、そのまま河に着水。バチャーンと丁寧処理この上ない水しぶきが上がる。

「……」

それを思わず呆然と見つめて――数秒後はっと気付いたようにハイドが目を開いた。

飛び込んだ少女が浮かび上がってこない。

プクプクとした泡はもちろん、緩やか~に流れていく川の水流のエフェクトに何の変化もない。

嫌な予感MAX。

「おぉおーい!!」

ゲームの中だということを忘れる勢いで、ハイドが河に飛び込んだ。

世界初ツッコミによる撲殺殺人者という前科持ちにならないために。

 

 

 

 

 

 

 

過程を省いて、結論を告げるとハイドは無事に前科から逃れることが出来た。

ジャブジャブと水面を切りながら水から上がるハイドとそれに首根っこを掴まれた少女の姿がその証拠である。

「あー、綺麗だったね。水の中」

「河の中でのんびりと景色観察出来るその根性が羨ましいよ、まったく」

ケラケラと楽しげに笑いながら告げる呪紋使いの少女に、ハイドは調子を崩したように肩を落とし、同時にブルリと身体を震わせる。"まるで寒がっているかのように"。

「水の中に叩き落す原因の俺が言う台詞じゃないんだろうけど、心配するからさっさと出てこいよなぁ。あー、寿命が軽く縮まった」

「なるほど。未来が真っ暗になったと」

「うん。これで前科持ちになるかと思って目の前が真っ暗に……って反省してねえなお前?!」

クリクリと面白そうに向けられる少女の目線に、ハイドが再び突っ込もうとして――バシッともう片方の手で制止する。

(ま、まずい)

必死で突っ込もうとする己の心を自制し、ジワリと見えないところで汗を流しながら、ハイドは思った。

(ここで突っ込んだらさっきの二の舞になる……いや、それ以前に――本来ボケ担当の俺がツッコミ担当になってどうする!?)

という意味の判らない決意をしつつ、何故か幻影で「へい! ツッコミカモン!!」と言っているのが見える少女に対し、ハイドは目を向けた。

「あのさ」

「なに?」

「さっきの言葉って……どういう意味だ?」

「いみ?」

返事と同時に少女がくいっと右手に持つ手を曲げる。

「あ。間違えた」

「?」

やや遅れて少女が首を傾げた。

(モーションコマンドに慣れてないんだな)

その不器用な動作にハイドがそう推測していると、少女が口を開いた。

「いみって?」

「いや、いきなりメールアドレスを交換しに来たのって……もしかしてその誤解でやってきたのか?」

孤高という二つ名を持つPC。

彼は誰のメンバーアドレスも持っていないらしい。つまり友達がいない淋しい人だ。なら、私が友達になってやろう。

そういうことなのだろうか? とハイドは推測し。

「うん。そうなる、のかな?」

「何故疑問系? あとちなみに言っておくけど、俺友人居ないわけじゃないから。決して一人淋しくソロプレイをやっている暗い奴とかそういうんじゃないから。わかった? OK?」

一見すると友人の少ない男の見栄っ張りとか言い訳のように思えるが、実際にはこの言葉は間違っていない。

メンバーアドレスを保有していなくても、彼には沢山の友人がいるし、仲間と呼べる者もいる。むしろ一般的なプレイヤーよりも交流関係が広い方だろう。ただメンバーアドレスを持っていないだけで。

「うん、わかった」

「ならよし」

誤解が解けてガッツポーズするハイド。

それに畳み掛けるように、少女が口を開いた。

「それじゃあ本来の用件を伝えるね」

「本来?」

「そう。冒険に連れてってくれないかな?」

くいっと首を捻って少女が伝えた言葉に、ハイドがは? と目を丸くする。

「えーと、初心者のサポートしてるって聞いてたんだけど、違う?」

「あ、そうだけど」

少女の言葉に、ハイドが頷く。

ゲーム初心者のサポートや護衛は何度も行っており、親切な上級プレイヤーとしてハイドは有名であった。

ここまで奇妙な展開は早々無いが、初心者がゲームに慣れるまでのインストラクターはハイド自身の趣味もあって積極的に行ってきた。

というか、最近はそれぐらいしかやることがない。という方が正しいのだろう。

「んで? アンタはどんなところに行きたいんだ? レベル上げに適したエリア? それとも高価なアイテムのあるエリアか? みたとこ呪紋使いみたいだから、装飾品を落とすモンスターの出るエリアに行ったほうがいいと思うけど……」

脳内に記憶している初心者用のエリアワードを幾つか反芻しながらハイドが告げるが、それに少女は少しの間を取ってからこう言った。

「風景の綺麗なエリア」

「え?」

「風景の綺麗なエリアに連れて行って欲しいの。アイテムとかレベル上げとかそういうのは二の次でいいから」

少女が告げた内容に、ハイドは少し首を傾げた。

「……風景の綺麗なエリアねぇ」

その奇妙な要望に、ハイドは顎に手を当てて少し考える素振りをすると。

「ないの?」

少女がハイドを見つめてくる。

まるで捨てられそうになっている子犬のような目だとなんとなく思った。

「いや、一応心当たりはあるけど。それでいいのか?」

「いいよ!」

「ほうか」

少女が喜ぶモーションを身ながら、ハイドはよしっと自分に気合を入れる。

そして、出発しようとして不意にハイドは気付いた。

「そういや、さ」

「?」

「アンタ……名前は?」

ハイドはそう尋ねる。

そして、少女は告げた。

「――"スワロウテイル"」

ハイドにとっておそらく生涯忘れることのないだろう名前を。

「スワロウテイル? 燕のしっぽ?」

変な名前だと顔面一杯に表現するハイドに、スワロウテイルがくすりと笑ったように思えた。

「違うよ。スワロウテイルは揚羽蝶の英訳」

「ふーん。ならアゲハちゃんでいいか? スワロウテイルって言いづらいし……」

「いいよ。知り合いも皆そう呼ぶから」

そう告げてスワロウテイル――【アゲハ】は微笑んだ。

 

 

 

 

 

そして。

最初の冒険。ハイドとアゲハは共に行ったエリアでダンジョンに潜ることなく、引き上げた。

理由は二つ。

アゲハはフィールドの背景だけで満足し、暗く不気味なダンジョンに潜ることを望まなかったからだ。

そして、もう一つ。アゲハのレベルが低すぎることと初心者だからしょうがないのだろうが、あまりバトルが得意ではなかったためだ。

モンスターに襲われればなんとか距離を取り呪紋を撃とうとするのだが、その一連の動作は遅く、ハイドがサポートしなければ多分一方的にボコボコにされてしまうぐらいだった。

そのためアゲハと共にパーティを組んだ時はハイドが前面に出て、アゲハはちょびっとずつ削れるハイドのHPを回復するぐらいだった。

なんとかフィールドの魔法陣を掃討し、それからハイドはアゲハの風景鑑賞に付き合った。というよりも付き合わされたというほうが正しいかもしれない。

様々な質問をしてくるアゲハに閉口しながらも、悪意はないということを悟ってハイドはそれに付き合って色々な雑談をした。終いには雑談しながらモンスターまで殴り倒した。

そんなこんなで夜も更け、リアルの時間で午後9時ごろにアゲハは名残押しそうにログアウトした。

それを見届けると、ハイドはマク・アヌにある自分のホームに戻った。

 

 

 

 

 


そして。

「メンバーアドレス交換しない?」

「何故第一声がそれなんだ?」

リアル時間で真昼頃、マク・アヌのアイテムショップの前でハイドはそう呟いた。

目の前に立つスワロウテイルと名乗った少女に向かって、胡乱げな目を向ける。

「え? せっかくの再会を祝して交換するのもいいかなって……」

「却下」

「ひどい」

ズガーンという効果音が似合いそうなぐらいに落ち込んだ様子をモーションを見せるアゲハに、ハイドは手早く買い物を済ませると、向き直してため息を付いた。

「あーのーな」

「うん」

「俺のポリシー知ってる?」

「俺は誰のメンバーアドレスも持たないし、渡さない。でしょ?」

「そ。だから、メンバーアドレスは交換しない、OK?」

肩を竦めてそう告げるハイドに、アゲハは呟いた。

「……なんで交換しないの?」

「そういうロールだからだ」

「……淋しくないの?」

淋しい?

(いや、実際メンバーアドレスなくても連絡つくしなぁ)

ハイドはそういう感情を覚えたことはない。あったとしても目を逸らし、BBSの確認や、モンスターとの鍛錬などで時間を潰し続けている。

それにこの世界には多数のPCがいるし、淋しいと感じるほうがおかしいと思う。

そう告げると、アゲハは少し考えたように沈黙して。

「じゃ、いいや。ハイド、折角あったんだから一緒に冒険しよ」

「あー、いいよ。指定は?」

「風景の綺麗な場所!」

「了解」

そうして、その日もハイドはアゲハは一緒に冒険して、一日を潰した。

 

 

 

 

 

それからハイドの日常に、アゲハという少女が加わることになった。というか押しかけてくるようになったほうというべきか。

数日単位でハイドの前にアゲハは現われた。ルートタウンで歩いているところを偶然遭遇したり、あるいはBBSの目撃情報を辿ってきたのかエリアで冒険しているハイドの前にモンスターを引き連れて逃げているアゲハが現われて、思わず一緒にモンスターから逃げ回ったりと。

何の因果か、ハイドはアゲハという少女に気に入られたらしい。

そして、ハイドに付き従う(ようにみえる)アゲハのことが噂になるのも時間の問題であって。

それを確認しにきた知り合いや、たまたまハイドに会いに来たPCたちとアゲハが知り合うのは当然のことだった。

蒼天の二つ名を持つPCが会いに来た時にはハイドのほうが驚くほどビックリしていて、「そうか。遂に春が来たのだな」などと何か変な勘違いをしようとしていたのでハイドは拳で修正し、他にも勘違いをしたやつがいたのでその度に拳で修正した。

死の恐怖と呼ばれるPCとエリアで遭遇した時などは「メンバーアドレス。ちょ~だい?」 「はい!」 などと女性のメンバーアドレス収集が趣味なはずの彼が逆に面を喰らった様子でアゲハが了承したり。

とある漫才コンビな剣士と重槍使いの二人のコントにハイドが沈黙している横で、楽しげに爆笑するアゲハ。

そうしているうちにアゲハはハイドの知り合いのPCたちとも仲良くなり、ハイドと共に過ごす時間が少なくなったもの、彼女は誰よりも多くハイドの前に現れる。

顔も見ない日があると少しだけ淋しく感じるほどに。

そして、そんな日々が数ヶ月ほど進んだある日。

 

 


その日が来たのだ。


残酷な運命の終焉が。

 

 

少年と少女の時の宴が。

 

――終わる時。
 

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