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俺のまわりは死が溢れている。
突然始まった二度目の人生はそんなものだった。
最初はそうでもなかったけど、俺の目に朱色の五芒星が浮かんだ時から地獄が始まった。
俺は小さな村で生まれて育った。
貧しいながら母さんと父さんに優しくしてもらえて、友達も普通にいた。
転生者だってことは言うことはできなかったけど、それなりに幸せだった。
生まれた国の名前はローランド。
そんでもって5歳くらいのときに目に浮かんだ朱色の五芒星。
これで俺は伝勇伝の世界に生まれたんだってことは理解できた。
最初はバカみたいに喜んだ。
伝勇伝は好きな作品だったし、複写眼なんてチートな目を持って生まれたんだ。
自分は主人公なんだって本当にはしゃいだ。
この世界で魔眼保持者の扱いがどんなものだったのかを忘れて……
地獄の始まりは本当に偶然だった。
村に一人の魔法使いが来た。
その魔法使いはローランドじゃなく他国の魔法使いだった。しかも忌破り。
それを追う『忌破り追撃隊』も村に来て、あっという間に戦闘になった。
村の広場を中心に展開される魔法による炎や風、雷の乱舞。
俺はそれをこっそり覗いて複写眼で魔法の構成を読み解く。
俺は危険だということを忘れて、魔法を読み解くのに夢中だった。
知らないことを知ることがこんなにも楽しいなんて知らなかった。
だから気づかなかった。
俺の背後から来る忌破り部隊の人間の存在に……
「邪魔だ、このくそガキ!」
俺を蹴り飛ばす忌破りの奴。
蹴られた衝撃でボールのように飛び跳ねる俺の体を追撃するように魔法が襲ってきた。
だから俺はとっさにさっき覚えた魔法を使った。
相殺されるそれの衝撃波にさらに飛ばされながらも、俺は必死に走った。
殺される!ただそれだけしか考えずに、両親のもとに走った。
優しい父さんと母さんに抱きしめてほしかった。
殺される恐怖を癒してほしかった。
だけど、それは俺の願望でしかなかった。
家に帰った俺を見て、二人は悲鳴を上げた。
そして言った。
バケモノ
その時に俺はようやく思い出したんだ。
この世界で魔眼保持者がどういう扱いを受けるのかを……
それでも父さんと母さんなら俺を愛してくれるんじゃないのかって思った。
今は複写眼に驚いただけで、すぐに謝って抱きしめてくれるんじゃないのかって……
だけど、いつも俺の頭を撫でてくれる優しい手に首を絞められて、俺は現実を知った。
同じ複写眼でもアルアの両親はアルアを最期まで愛して、ライナ・リュートの親は世界を生贄にしてまで愛してくれたのに……俺は愛されなかった。
俺は死にたくなかった。
別に生に執着していたわけでもなかったのに、本能で死にたくなんてなかった。
だからなのか、俺は無意識に魔法を使って殺した。
ここまで俺を育ててくれた両親を魔法の炎で焼いた。
首を絞められて意識が朦朧としている中でも肉の焦げる嫌な臭いで、無理やり現実に戻った俺は見てしまった。
これが完全な黒焦げならまだよかったかもしれない。
だけど中途半端に融けたケロイド状の両親を見て俺は絶叫した。
もう外の戦闘の様子も聞こえない。
天よ割れろとばかりの絶叫のあと、俺はぷつりと視界が暗転した。
ああ、暴走するのかな?
そのときはどこか冷静な自分がつぶやいたような気がした。
結果から言えば俺は暴走しなかった。
だが俺はローランド軍に保護という名目で捕まった。
そこからが本当の地獄の始まりだった。
最初は実験の繰り返し。
世話係の人たちと少し仲良くなるとその人たちを目の前で殺された。
犯されて殺された。
遅行性の毒で殺された。
切り刻まれて殺された。
殴り殺された。
溺れさせて殺された。
そうやって俺の仲良くなった人たちの苦しむ様をまざまざと見せつけられながら、軍の奴らは俺を暴走させようとした。
だけど俺は暴走しなかった。
ただ泣いて、絶叫して、狂いそうになると意識を失う。
いつしか意識を失うこともできなくなり、俺はただ黙って涙を流しながら見ているしかなかった。
奴らは俺が暴走しないと見ると次は訓練を施してきた。
暴走しない複写眼なんて格好の兵器だ。
奴らはそれに目をつけて、俺を更なる地獄に叩き落とした。
訓練なんて言ったみたけど、あれはそんな生易しいモノじゃなかった。
腕を折られた。
一瞬でも心臓を止められた。
内臓をやられて数日間なにも食べられなかった。頭が割れるほどの魔導技術を勉強させられた。
生死の境を彷徨うなんて日常茶飯事にも近かった。
そうやって一通りの訓練が終わると俺は実践に駆り出された。
主な仕事は暗殺。
そのときにすでに心が半分以上壊れていた俺は淡々と仕事をこなした。
殺しに喜びも悲しみも感じずに、大人も子供も男も女も関係なく殺した。
闇に紛れて殺した。
昼間にすれ違いざまに殺した。
毒を使って殺した。
他の人間も巻き込んで殺した。
ターゲットの身内も含めてすべて殺した。
殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して……殺し続けた。
陰成師として活動する俺は、『ライナ・リュート』のように反発する気力もなかった。
軍に対して思うこともなくなった。
ただ気になることといえば、『どうしてライナ・リュートはあんなに優しく、悲しく育つことができたんだろう。』これくらいだった。
この世界の主人公であるライナ・リュート。
ほとんど俺と同じ境遇なのに、負の感情をあれほど秘めておきながら、なんで人間を好きでいられるのか解らない。
本人に会って話を聞ければいいのだけど、あいにくと俺は軍の命令で奴との接触が禁じられている。
そうやって日々が過ぎるなか、俺は一つの変化があった。
このまま人を殺し続けるしかない人生だと思っていた俺に変化が……
「サーヴァントゲーム?」
俺の目の前にいきなり降臨してきた女神。
女神なんて名ばかりの醜悪の怪物が俺をこの世界に転生させた張本人らしい。
しかも俺はとあるゲームのコマだと言われた。
『そうだ。おまえには拒否権はないが、ゲームを有利に進めるためにいくつか加護を与えてある。』
その一つが俺の複写眼にある呪い『α』の消去。
これが俺の暴走しない理由。
ゲームが始まる前に死なれたら元も子もないからその不安要素を排除したそうだ。
他には魔法の知識。
ローランドだけじゃなく他国の魔法も使えるようにその知識が頭に植えつけられた。
これはちょっといいかな。
今までローランドの魔法しか使わなかったから、やっぱり新しい知識は嬉しい。
あ、この魔法は便利だな。
『最後にもう一つ。おまえに与える加護がある。』
俺が与えられた知識を整理していたら、女神が言ってきた。
『おまえに名前を与える。』
「なまえ?俺にはもう名前がある。」
誰も読んでくれない名前だけどな。
『これからおまえに与える力を使う条件の一つだからだ。この力はこの世界にいるならばなんとしてでも排除しなければならない力だ。だが、この世界から消える運命のおまえには関係のないもの。ならばゲームを進めるうえで与える。』
「いったい……俺になにを与えるつもりなんだ?」
『おまえに与える名前……ライナ・エリス・リード』
その名前に俺は目を見開いた。
なによりも孤独な悪魔の名前。
その名前を持つ奴はすでに世界に存在するのに、なんでその名前が俺に与えられるんだ。
それと同時に俺は理解した。
俺に与えられる力が……
「すべての式を……解くもの。それとも編むものの力か?」
『おまえに与えるのは解くものの力だ。だが解除する力には制限を掛けてある。』
当然かな?
ただでさえ女神たちが恐れている悪魔の力だ。
それに代償だって大きい。制限がかかるってことは、その代償も多少は緩和されているはずだ。
『おまえが解除できるのは魔法だけだ。代償はお前自身の前世と今世の名前とこの世界に存在する権利』
「存在する権利?」
『そうだ、この力はおまえがゲームの本選に進むと同時に目覚める。』
「この世界がゲームの会場じゃないのか。」
『おまえたちが言うゼロの使い魔の世界がその会場だ。おまえは使い魔としてそこに召喚される』
使い魔……こんなバケモノを必要としてくれるご主人様がいるのかな?
ああでも、俺のことを知っても必要としてくれるご主人様がいるならば、俺は命を掛けよう。
誰にも必要とされなかったバケモノが誰かに必要とされる。
ああ、考えただけで心が震える。
壊れているはずの心が喜びにあふれる。
今なら目の前の女神に心から感謝できるかもしれない。
チートな能力とかそんなものよりも俺はまだ見ぬ主人に恋い焦がれる。
そうやって俺の名前はライナ・エリス・リードとなり、力を与えられた。
主人に召喚されるその日を夢見て。