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続投
彼女はその日も魔法で食料を調達して、自分の今の住処に帰ろうとした。
時刻は夜中。
町中を悠々と闊歩する中学生くらいの彼女を人が見たら眉をしかめたことだろう。
時代が変わり、町には街灯やビルの灯りなどのたくさんの光があろうとも、子供がこんな時間にひとり歩くのはあまり感心できたことではない。
だというのに、彼女とすれ違う人は誰も彼女に目もくれようとしなかった。
まるで彼女の存在がそこにはいないかのように。
彼女は手に入れたリンゴを一つ取り出すとおもむろにかぶりつく。
果汁が口の端にこぼれたが、それは指ですくってで舐めとる。
酸味の効いたほどよいそれに、彼女は微笑んでいると一人の女性とすれ違った。
とくに特徴もない、会社帰りらしい自分の倍も年が上のどこにでもいる女のひと。
だが、彼女は見てしまった。
女性の首筋に普通の人間には見えない魔女の紋章が……
彼女は獲物ができた。とほくそ笑むとその女性の後を追い始めた。
首筋の紋章……魔女の口づけを受けた人間は正気じゃなく、少々もたついた足取りで魔女がいるであろう場所までその足を止めない。
彼女はそれにもどかしく思いながらも、表面上は冷静に女性の数メートル後ろを歩く。
それからどのくらい歩いたのか、女性は人気のない公園に入った。
普通なら公園でいちゃつく男女がいても良いのに、そこには誰もいない。
あるのは噴水の水が流れる音とその噴水の前にある紅い、女性の首筋と同じ紋章だけだった。
「へっここが根城ってわけか。」
彼女はそう言いながら自分のソウルジェムを持って瞬時に変身する。
飾り気はないが、それでも魔法少女と呼べるだけの格好であり、その手には昔懐かしい魔法の杖とはお世辞にも呼べない長身の槍が握られていた。
表情もおよそ希望を振りまく魔法少女というより、戦闘者のそれである。
いやはや、最近の魔法少女も変わったものだ。
閑話休題
彼女は準備を整えると魔法陣の中に入っていく。
敵の奇襲に十分、警戒をしながら。
「へ?」
彼女はらしくもなく間抜けな表情を浮かべてしまった。
それだけ目の前の光景は彼女には衝撃だった。
「お、王国?」
そう、まさしく小さな王国が彼女の目の前に広がっている。
彼女は自分はまったく違う場所に来てしまったのか?と、頭を抱えたが、先ほど自分が尾行していた女性がその王国に向かって歩いていたので、ここで間違いがないはずだ。
「なんつーか、まさにファンタジーな結界だな?普通はもっとドロドロのグチャグチャなもんなんだが……」
彼女はそう呟いていても、警戒は解かない。
これが彼女が今まで生き延びてきた理由の一つなのだ。
魔女は人の形をしていない。
それどころか依存のどんな生物にも当てはまらないような姿をしている。
形状から攻撃が予測できない以上、警戒してよく観察するくらいしかない。
彼女はそうやって経験と観測、才能を持ってここまで来たのだ。
彼女がそうやって城下町に降りると、あちこちで人間が寝ていた。
気持ちよさそうに、穏やかに。
誰一人として死んでもいないし、生命力を奪われて青ざめた奴もいない。
彼女はどうしたもんかと頭をかいていると、ひょこひょこと二本足のウサギとネコが出てきた。
恐らく、この結界の魔女の使い魔なのだろう?
彼女は殺るか?と武器を構えていると、二匹の使い魔はその彼女に向かって礼をした。
まるで客をもてなすかのように。
『よくぞ来られましたお客人。』
『ここは希望の魔女たるホープディス・プリフィケーションさまの国でございます。』
『いかなる御用かは察しがつきますがここでの戦闘は控えてくださいませ。』
『この王国ではたくさんのお客人が眠っておるゆえ、その妨げは極力控えたいのでございます。』
かわるがわる喋るネコとウサギ。
使い魔が日本語を喋ったことに彼女は驚きながらも槍は下げなかった。
それは戦場では致命的なミスに繋がるからだ。
「へぇ?つまり人質ってわけ?」
「残念ながらハズレよ。」
そう挑戦的に笑う彼女に目の前の二匹以外の第三者の声が聞こえてきた。
彼女は気配を感じなかったそれに驚きながらも、後ろに跳躍して距離をおく。
いつの間にか二匹の使い魔に傅かれながら、白いローブを纏った魔女が彼女……佐倉杏子の目の前に現れた。
ありゃー、警戒されちゃってるねー……って当たり前か。
あっちは狩る側で、こっちは狩られる側だからね。
けど、そう簡単に狩られたくないわ。
「私はこの結界の主、夢と希望の魔女、ホープディス・プリフィケーション。あなたのお名前を窺ってもいいかな?」
目の前の赤い魔法少女はこちらに目を向けたまま、ゆっくりと槍を下す。
どうやら私と対話することにしてくれたみたいだ。
「佐倉杏子だ。それで?絶望と呪いをまき散らすはずの魔女が夢と希望ってのはなんの冗談なんだ?」
そう言った杏子の目は誤魔化しは聞かない。とばかりにギラギラしている。
おまけに手に持っている槍もすぐさま構えられるようにしている。
あ、あはは……魔法少女としてはアレだけど、戦闘者としてはベテランだね、この子。
「そのままの意味よ。私は絶望ではなく希望の祈りから生まれた魔女。だから結界内に人間を招いて絶望を癒す。」
こんな風にね。
私は掌を上に向けて力を行使すると、杏子のソウルジェムにため込まれていた絶望が抜け、それはそのまま私の手のひらで結晶へと変わった。
その様子に杏子は息を飲む。
やっぱり魔法少女からしてみたら、いきなり敵に魔力を回復させられたってところかな?
「……なんなんだ、あんた?」
「だから言ったでしょ?祈りから生まれた魔女だって。また魔力を回復させたかったら、私の結界を探してごらん?」
しばし私と杏子の間でにらみ合いが続く。
杏子は厳しい目で、私はフードで顔が見えないだろうが、にこやかに。
この穏やかなお昼寝王国には似つかわしくないほどの……
「それでどうだったの?」
アルベルティーネに聞かれて、私は手の中のリンゴをいじりながら答える。
「交渉は一応成立……かな?」
そう言って私は手の中のリンゴを二つに割って、片方をアルベルティーネに渡したのだった。