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俺は今、非常に死の淵に瀕している。

以前、伯爵の帽子をうっかり汚してしまって危うく廃棄処分になりそうになったときぐらいに・・・

あの時は、ティキ様が上手くフォローしてくれたから助かったけどよ。

ぐぎゅるるるるるるるるるるるるるるる・・・

腹減った・・・もう死にそう・・・
 


D.Gray-man~逆十字の使徒~
『黒の舞姫』

 

 

 


がつがつがつがつがつがつがつがつがつ

ある町のレストラン。

その店のあるテーブルに山ほどの皿が積みあがっている。

もちろん、積み上げたのは俺。

俺は運ばれる飯を次々に平らげながらも、向かいの席で俺の食欲に呆気を取られている女神を見る。

中国人だと思われるその子は、コーヒーを片手に固まったままだ。

この少女の名前はリナリー・リー。

路銀も尽きて、行き倒れている俺を拾ってくれて、こうやって飯まで奢ってくれる女神のような少女だ。

普通ならこんな怪しい奴を助けることないのにな。

感謝してるけど。

俺は腹いっぱいになって、ようやく人心地ついた。

「はぁ~、満腹満腹・・・」

もう食えねぇ、ごちそうさま!

「・・・随分食べたわね・・・」

リナリーは呆れたように、俺が消費した皿を見上げる。

「あははは、俺って燃費悪ぃから一日一食はこんぐらい食べないと、持たないんだよ。」

俺の場合、人間殺す代わりにこうやってご飯で腹を満たしてるから、どうしても食う量も多くなる。

だから、すぐに路銀が尽きんだよ。

「そういえば、あなたの名前聞いてないわね。」

いや・・・名前も知らない男(アクマだけど)に無償で飯奢ったのかよ・・・(汗)

俺はある種、乾いた笑いを浮かべながらも名乗る。

「俺の名前は龍樹。性はないけど、一応日本人。年は15だよ。」

「へー、観光に来たの?」

「違うよ。人種は日本人だけど、生まれはイギリス。今はあっちこっち旅をしてるんだ。」

俺はそう言いながら、窓の外を見る。

窓の外には、人間のほかに俺の同胞が数多く闊歩している。

旅に出てからの2年。よく見てきた光景だ。

目の前の光景は、何でもない日常の一つ。

それでも・・・

 

 

 

 


俺たち(アクマ)は、どこにでも存在している。

 

 

 

 


「龍樹?」

「!!なに?」

俺はリナリーに呼ばれて、慌ててそちらを見る。

いけない。また考え事しちまったな。

「あなた、顔色悪いけど、大丈夫?」

「平気だよ。飯だってたくさん食えたし。一つ質問してもいい?」

「なに?」

「・・・なんで、俺を助けてくれたの?」

アクマだって知らなくても・・・普通なら助けない。

リナリーは一瞬きょとんとした顔をすると、クスクス笑いながら答えた。

「だって、龍樹は悪い人には見えなかったもの。それに、困ったときはお互い様よ。」

まるで、当たり前だ、と言わんばかりの顔でそう言われたら、俺には返す言葉は無かった。

・・・あぁ、なんだかリナリーの背後に後光が見える。

仏だよ・・・菩薩だよ、この子は!!

俺は感激して、内心涙を流していると、リナリーの雰囲気が急変した。

さっきまでの優しいものから、険しいものに。

俺はなんだ?と思ってリナリーに問いかけようとしたら、急に窓が壊れた。

そして、その窓に入ってきたのは・・・俺の同胞。

自我を持つことをまだ許されない、レベル1のアクマたち。

リナリーは椅子に掛けてある黒いコートを引っつかむと、常人なら見えないスピードで俺を抱えながらアクマたちの間を縫って、店の外に出た。

「な!?」

「黙って!口を閉じないと舌噛むわよ!!」

リナリーは俺を少し遠くの路地裏に連れていく。

そこで、俺はリナリーの素性を知ってしまった。

コートにあるローズクロス・・・俺たちの敵で救済者・・・エクソシスト。

リナリーは店の中と変わらない笑顔を俺に見せながら、心配させまいとする。

「私はあの怪物たちを倒してくるから、そこで大人しくしててね。」

リナリーはそれだけ言うと、アクマたちの中に突っ込んでいった。

そこから始まった戦闘は、正に一方的なものだった。

黒い靴を使い、さながら舞姫の如くアクマを破壊していく。

俺はアクマたちの間を駆け抜ける舞姫を見ながら、自嘲的に笑った。

なぁ、リナリー・・・俺も君の言う怪物なんだぜ?

俺自身・・・人間を殺したことなんてない。

それでも・・・俺はいつか破壊されるのかな?

俺がそんなことを考えていると、リナリーが最後のアクマを破壊した。

破壊されたアクマは、救済されたことにエクソシストには聞こえない声で感謝の言葉を口にする。

俺はゆっくりとリナリーに近づく。

リナリーは俺に気づいたのか、少し寂しそうに微笑んだ。

俺はその笑顔に引っかかるものがあったけど、これだけは言わせてくれ。

「ありがとう。」

ありがとう、あいつらを救済してくれて。

ありがとう、こんな俺を助けてくれて。

2重の意味を込めて、俺はありがとうと、もう一度言う。

リナリーはそれに、少し涙を零したけど。

それでも見せてくれた笑顔は、今まで見たもので一番綺麗だった。

 

 

 

 

 


<リナリー視点>

龍樹は大きなリュックを背負いながら、町の外に向う。

私はその背を見ながら、心の中で龍樹に感謝した。

エクソシスト・・・神の使徒、黒の聖職者。

仲間内に私たちはそう呼ばれるけど、エクソシストもアクマの存在も知らない人たちにとって、どちらも化け物。

だから怖かった。

龍樹に拒絶されることに。

龍樹に化け物と呼ばれて、恐れられることに。

だから、嬉しかった。

彼のあの言葉が。

『ありがとう。』

そう言ってくれた彼の笑顔は、私に対する恐れなんか微塵もなかった。

どんな意味のありがとうなのか、私には解らなかったけど。

それでも、私を怖がらなくてありがとう。

私を受け入れてくれてありがとう。

私を・・・見てくれてありがとう。

龍樹は、もう少しで私の視界から消える、というところでこちらをクルリと振り向いた。

「リナリー!奢ってくれた飯の代金、ちゃんとリナリーの家に行ってでも返すからなー!!」

・・・会って間もないけど、実に龍樹らしい言葉だわ。

私は手を振って、彼に応える。

だって彼の約束は、私たちの再会を意味してるもの。

龍樹は私の答えをちゃんと理解してくれたのか、今度こそ視界から消えていった。

「・・・・・・そういえば、龍樹って私が何処に住んでいるのか知っているかしら?」

私の疑問は、春の暖かい風の中に消えていった。

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