錬金術師は魔法使い!?
『Philosopher's Stone』
「・・・ホーリー・レザスト・・・ホーリー・レザスト・・・」
マスターから知識はあるだけでも良いと言われて、黒魔法、白魔法、精霊魔法の他に神聖魔法や音声魔法も学んだ。
全部を使えるわけじゃないけど、それでも俺は唱えずにいられなかった。
神聖魔法ホーリー・レザスト・・・彷徨う魂を浄化し、あの世に導く魔法。
黒魔法が得意な俺に、神聖魔法なんて仕えないのは解りきっていることだけど。
俺にニーナを蘇らせる力なんてないから、せめて・・・ニーナの魂が彷徨うことがないように・・・
俺の近くを行ったり来たりしている人には、俺が意味不明なことを呟いているようにしか聞こえていないだろう。
すぐ後ろにいるアルフォンスも、俺が呟いていることがわからなくて手をこまねいているようだ。
「・・・兄さん、中佐が・・・兄さん・・・」
アルフォンスが俺に呼びかけてくる。
それでも俺はカオス・ワーズを唱えるのをやめなかった。
「一度生命を失った生物を再構成することは不可能だ、どんな錬金術師にもな。」
マスタング中佐は、俺たちの少し離れた場所から、雨に濡れることも構わずそう言った。
そんなの解ってる・・・母さんを錬成しようとしたときに、俺たちはすでにそれを理解しているんだ。
それでも、せめて冥福を祈ることぐらいはいいんじゃないのか?
「お前達が選んだ道の先にはこれ以上の苦難と苦悩が待ち構えているだろう。なら、無理やり納得してでも進むしかない。」
解ってる・・・俺たちがやろうとしていることは、もしかしたら更なる禁忌の扉を開く可能性があることも。
他にも、マスタング中佐にいろいろ言われたけど、調査部の人たちが来て俺たちはそこから離れるしかなかった。
あれから数日。
俺とアルフォンスはタッカー邸の玄関前にいた。
マスタング中佐の命令でハボック少尉と待ち合わせしているんだ。
俺は少尉を待ちながら自分の両手にあるタリスマンを見た。
血のように紅い宝石。
マスターはこれをデモン・ブラッドって言ってたっけ。
これをつけて魔法を使えば、いつもより魔法の制御が楽にできるし、威力も上がる。
ブーストの魔法を使えば、さらに上がる。
だけど俺はこの石の構成を知らない。
ルビーみたいな宝石かと思ったけど、鉱石じゃないし・・・もっと別のなにか・・・
俺があれこれ考えていると、ハボック少尉が門のところにいた。
「ひどい顔色だな。」
ハボック少尉が俺の顔を見ながらそう言った。
「・・・なんだかいっぱいいっぱいでさ・・・あれこれ迷うのはもうやめたつもりだったのに・・・」
本当に・・・試験に合格したときに決意したはずだったのにな・・・
そうこうして、俺たちはハボック少尉の案内の下、タッカーの研究室についた。
室内には、タッカーが錬成した合成獣や研究資料があちことに乱雑に散らばっていた。
俺にこれを見せるってことは・・・
「俺に・・・タッカーの研究を引き継げってことなのか?」
俺はハボック少尉のほうを見ずにそう聞いた。
「タッカーの思想は間違っていたが、その研究は軍にとって有益な部分もあった。」
「だったら・・・タッカーにやらせればいいだろ!?」
俺は思わずそう叫んだ。
しかし、ハボック少尉の答えは・・・
「タッカーは死んだ。」
淡々と語るハボック少尉。
「彼の罪状は明らかだということで、上部の一存で処刑が執行されたそうだ。」
俺はなにも言えなかった。
少し時間が経過して、俺とアルフォンスはまだタッカーの研究室にいた。
俺はとくになにもせず、ただぼんやりと合成獣たちを見て、アルフォンスは研究所を整理していた。
あいつ・・・几帳面だからな。
「へぇ、タッカーさん、賢者の石についても研究していたみたいだね。」
アルフォンスが一つの研究書をを手にそう呟いた。
賢者の石?たしか伝説の術法増幅器だっけ?
・・・なんか俺のタリスマンみたいだな・・・
俺はぼんやりとそう思った。
頭の片隅には、ニーナをあんな風にした犯人を殺してやりたいって気持ちがあるが、俺はそれを必死に抑える。
「・・・俺、ちょっと出る・・・」
このままここにいても埒があかないと、俺は思って研究室から出る。
後ろのほうから、アルフォンスが俺を呼んでいるが、今はこの気持ちを抑えないとそこら中に魔法をぶっ放しそうで怖いんだ。
だからごめんな、アルフォンス。
俺はイライラして町を歩く。
マスタング中佐に連続殺人犯の調査の許可を貰うつもりだったが、あっさり却下された。
俺が独自でするって言ったら、銀時計は置いていけだと!?
俺は中佐のお望みどおり銀時計は叩きつけて、出て行った。
俺は一人でニーナが分解された場所の近くをうろついていたら、角のところで人にぶつかってしまった。
「あ、すみません!」
俺が急いで謝ると、その人は以前第一分館に入ろうとした男だと気づいた。
顔に大きな×印の傷なんて、そうそう忘れるものじゃない。
「おまえは・・・」
向こうも俺のことを覚えていたみたいだ。
「第一分館を出入りできていたからには、お前も国家錬金術師なのか?」
この男は国家錬金術師に恨みがあるのか、俺を冷たい目で見てくる。
「・・・あのときはね。今は違う。」
俺は俯いてそう言うと、男の雰囲気が柔らかくなったのを感じた。
「そうか、そうほうがいい。」
「そうだな、俺も、そう思う・・・じゃあ」
俺はそれだけ言ってその場から走り去った。
昼時。
俺は軍の食堂で、調査部から借りた殺人鬼分析を広げながら昼食を食べる。
いったい、誰がニーナを殺したんだ・・・!!
俺がそれを読んでいると、ヒューズ少佐が娘の写真を俺の前に見せびらかす。
「邪魔しないでくれよ、おっさん。」
俺はヒューズ少佐の手をどける。
「そんな言い方はなかろう?調査部持ち出し厳禁の、殺人鬼分析を見せてあげているのに。」
「奥さんの出産のことで、貸しがある。」
俺は冷静にそう突っ込んだ。
ヒューズ少佐はそれに苦笑した。
「まあな。とにかくお手上げだ。街中の犯行なのに、いずれも目撃者はいない。肢体は派手に切り裂かれていて、とても短時間でやられたとは思えないにもかかわらず、だ。」
俺は以前見た被害者の遺体を思い出して、歯の奥を噛み締めた。
「・・・他で殺して死体を運んできたんじゃ?死後何時間ぐらい経っていた?」
俺がそう言うと、ヒューズ少佐は難しい顔をする。
「検死でもそのへんハッキリしないことがおおくてな。だが軍と警察で街に入る車はトランクまで開けて調べている。車で運んできたとは・・・」
俺は分析書を読みながら、必死になにか手がかりを探す。
「・・・何か盲点があるはずだ。死体を隠せる車とか・・・」
「それとも錬金術師か。」
「錬金術師は人殺しじゃない!」
俺はヒューズ少佐の言葉に激昂して、声を荒げた。
そこに若い軍人が俺を呼びに来た。
俺に面会の奴が来ているみたいだ。
俺がその若い軍人に連れられて、司令部本館前に来ると、誰もいなかった。
「おかしいな、そこで待っているように言ったんですけどね。」
その軍人はあたりをキョロキョロ見るが、俺は地面にある車の急発進した跡と一つのネジを見つけた。
俺はそのネジを拾ってみてみると、それは俺の機械鎧と同じネジだった。
このネジから、俺は自分の面会人を推測する。
セントラルに軍人以外で知り合いなんていない。
だとしたら、リゼンブールの誰かだ。
しかも俺の機械鎧と同じネジなんて、あいつしか考えられねぇ!
「ウィンリィ・・・あいつか!」
俺はすぐさま若い軍人のほうを見る。
「おい!ここに車が止まっていなかったか!?」
「・・・えーと、そういえば、食堂に出入りしている業者の冷蔵車ですね。」
「冷蔵車?」
その瞬間、俺の中で全て繋がった。
俺は軍人が止めるのも聞かずに、街のほうへ走っていった。
そして見つけた一軒のフードショップ。
「バリーズ・フードショップ」と看板が下げられている冷凍倉庫に俺は脚を踏み入れた。
中は冷気が漂っていて、売り物らしい幾つもの大量の肉が吊り下げられていた。
ここで被害者を殺し、死骸を冷やして運べば、犯行時間は推定しにくくなる。
それに軍を出入りしている業者なら、捜査状況も探れる。
おまけに食品の詰まったコンテナなら、検問で奥まで調べやしないな・・・
俺はそう考えながら、倉庫内を歩く。
ちきしょう・・・ファイアー・ボールで一気にやりてーけど、ウィンリィがいたら洒落にならねぇしな。
そうしていたら、隅のほうで蹲っている女がいた。
俺が走り寄ると、女は怯えた様子だった。
「・・・あんたもさらわれたのか?」
俺がそう聞くと、女はなにも言わず頷いた。
「ほかには?」
「・・・・・・あっちに、女の子が一人・・・」
ウィンリィか!?
俺はその女にそこにいるように言って、女が指差したほうに走ろうとした瞬間、後頭部を殴られた。
俺はその衝撃で、意識が遠くなるのを感じた。
俺はなにか機械が動く音に、意識が浮上した。
俺はイスに鎖で縛られていて、目の前には怯えていた女が包丁をグライダーで研いでいた。
俺は自分の身体を見ると、右腕の機械鎧が切断されていた。
「!?」
「おや?目覚めたのかい?」
俺が自分の現状に驚いていると、女はやけに低い声で言った。
そして自分の髪を引っ張る。
「まさか・・・男!?」
女の髪はカツラだったみたいで、それを取れば完璧に男だとわかった。
「エド!」
ウィンリィの声が聞こえて、俺がそっちを向けば、ウィンリィは両手を鎖で縛られて、他の肉と一緒に吊り上げられていた。
「ウィンリィ!おまえやっぱり・・・」
やっぱり捕まってたのか。
「あんた、錬成陣もなしに錬成するらしいからね。念のため、これは外させてもらったよ。」
そう言って、男は俺の機械鎧を持ち上げる。
そのまま切断したのか、タリスマンが付いた状態だ。
俺はなんとか身を捩って、鎖を外そうとするがそれだけではずれるわけがない。
俺はポケットの中にある拾ったネジをなんとか手にすると、それで鎖に小さい錬成陣を書く。
見えないから、時間かかりそうだ。
「俺はバリー。いまこの子を芸術的に分解してみせるから、見ていてくれよ。国家錬金術師さん。」
男は楽しそうにそう言った。
歪んだ・・・狂った笑顔。
その笑顔が、タッカーの笑顔と重なる。
「・・・やめろ!」
俺は腹の底から響くような声音でそう言った。
「そうよ!ふざけないで!!」
ウィンリィも気丈にバリーと名乗った男を睨みながらそう言った。
バリーは俺たちの様子が心底わからないといった感じで、肩をすくめた。
「最初に殺したのは女房だ。つまらない喧嘩でね、やっちゃった。でもあんまり綺麗にスッパリ切れてねぇ・・・それから・・・もっともっと綺麗に切りたいと思うようになったんだ。それもみんなに見てもらいたいってね。」
バリーはその瞬間を思い出しているのか、顔は愉悦に歪んでいる。
そして俺のほうへ近づいてくる。
「そんなことで、人が、人を殺せるわけがない。」
「殺せるよ。」
バリーはあっさり言った。
それと同時に、俺の肩が包丁で切られる。
「うわああ!」
「やめろ、ばか!!」
俺の血が滴って、地面に落ちていく。
これが・・・これが、殺されるってことなのか?
俺は完成した錬成陣に手を当てると、無我夢中に鎖を棍に錬成する。
俺は恐怖のあまり、這い蹲りながらもバリーから離れていって、その手には錬成した根を持って。
立ち上がるとウィンリィのもとに走った。
ウィンリィの鎖を解こうとするが、それより速くバリーがこちらに向かってくる。
俺は一度ウィンリィから離れると、切断された俺の機械鎧を拾い上げた。
そして、無理やりくっつけた。
「うあああ!!!」
その瞬間、神経が悲鳴を上げる。
俺はそれに耐えて、バリーのほうに向き直る。
「だめだよ抵抗しちゃ・・・綺麗に解体できないだろ!?」
バリーはそういうと同時に包丁を振り下ろす。
何度も何度も、俺はそれを根と刃に錬成した機械鎧で防ぐ。
怖い・・・
「くっ・・・黄昏よりも・・・昏きもの・・・」
これが・・・これが本物の狂気ってやつなのか?
「・・・血の流れよりも・・・紅きもの・・・」
ガンッ ガンッ ザシュッ ガンッ
「・・・時の流れより・・・埋もれし・・・偉大なる汝の名において・・・」
声が聞こえる・・・
「我ここに・・・闇に誓わん・・・」
聞いたことのある言葉の羅列・・・これはカオス・ワーズ?
「・・・我らが前に・・・立ち塞がりし・・・」
俺が・・・唱えているのか?
「・・・すべての・・・愚かなるものに・・・」
俺は一体、なんのカオス・ワーズを唱えてるんだ・・・!?
「なんのおまじないだい!?」
バリーが一気にトドメをさそうとして、包丁を一気に振り下ろしてくる。
俺はそれを機械鎧の刃で弾いた。
「我と汝が力もて―――」
バリーが一気にトドメをさそうとして、包丁を一気に振り下ろしてくる。
俺はそれを機械鎧の刃で弾いた。
それとともに、体制を崩したバリーに俺は刃を振り下ろそうとした。
「だめだ、兄さん!」
肩を掴まれて、俺は振り向きながらそいつを切りつけた。
鈍い音がして、刃は弾かれた。
そこにいたのは・・・アルフォンス?
俺の動きが止まったと同時に、ヒューズ少佐が小隊を率いて突入してきた。
俺はただ呆然とアルフォンスを見上げる。
「・・・それじゃ死ねないんだ、僕は。」
「アル・・・」
「兄さん・・・ひどい怪我だ、痛い?」
「・・・怖かった・・・怖かったよ・・・アル~・・・」
俺が怖かったのは、俺がバリーに殺されそうになったときに唱えていたカオス・ワーズだ。
あれは・・・あのカオス・ワーズはドラグ・スレイブ(竜破斬)だった。
なんで俺はあのカオス・ワーズを唱えていたのか解らなかった。
ただ怖くて、必死に唱えていた。
あれが発動しなくてよかった・・・もし発動されていたらバリーだけじゃなく、ウィンリィもこの付近一帯の人たちも死んでた。
もし・・・アルフォンスが少しでも遅かったら・・・本当に、最後のカオス・ワーズのとおり・・・全部なくなっていた。
黒魔法最強呪文の一つ。
もっと小規模の魔法もあったはずなのに、なんで俺はそれを唱えていたのか解らなかった。
アルフォンスは俺の背中に手を回して、抱きしめる。
「大丈夫だよ、兄さん。兄さんもウィンリィも助かったんだよ・・・」
アルフォンスはそう言って、俺を慰めてくれるが、俺はアルフォンスにしがみついてただ泣いた。
この事件は後にバリー・ザ・チョッパーとして有名になった。
バリーはニーナが殺されたあの日、アリバイがあることから、ニーナを殺した犯人じゃなかった。
倉庫の外で、毛布にくるまりながらも俺はまだ震えていた。
バリーのことと、自分への恐怖がまだ抜けきれない。
「兄さん・・・賢者の石は・・・本当にあるかもしれない。」
唐突に、アルフォンスがそう言った。
俺はそれになにも言わず、黙った聞いた。
「でもそれを探すには、国家錬金術師の資格がどうしても必要なんだ。」
アルフォンスは自分の鎧の手をじっと見る。
「肉体がない僕は・・・殺されると思った兄さんの恐怖も実感できない・・・それはやっぱりさびしいし・・・辛い・・・兄さん・・・僕はやっぱり元の身体に・・・人間に戻りたい。賢者の石を見つけて・・・たとえそれが世の流れに逆らう・・・どうにもならないことだとしても・・・」
そこから長い沈黙が俺たちの間を支配した。
賢者の石・・・それがあれば、等価交換の大部分を補助出来る。
アルフォンスを元に戻せる・・・?
しばらくして、次は俺が口を開いた。
「殺されそうになってわかった。俺はただ悲鳴を上げるしかなかった。怖かった・・・頭の中が真っ白になって・・・」
ドラグ・スレイブを使おうとした・・・
「誰かを救えるなんて、とんだ思い上がりだ。俺たちに出来ることなんて・・・自分達の身体を取り戻すだけで精一杯さ・・・そのためなら・・・軍の狗と罵られようが・・・元の身体に戻ってやる。」
俺は立ち上がる。
「だけどな・・・俺たちは神でも悪魔でもない・・・人間なんだよ!」
どんなに魔法や錬金術の腕が上がっても・・・
「ニーナ一人救うことの出来なかった・・・ちっぽけな人間なんだよ・・・」
それでも、強くなりたい。
錬金術も、魔法も・・・この脆弱な心も・・・もっと強く。
「条件だと?」
俺は後日、司令部でマスタング中佐から銀時計を再び受け取って、軍に従う条件を伝えた。
「軍の任務に従う。だが賢者の石にまつわる情報は全て教えて欲しい。任務のない時は賢者の石を探すことも許してくれ。その条件なら・・・」
「人体錬成の罪を口外されてもいいのか?」
マスタング中佐が、俺を試すようにそう言った。
俺はただまっすぐマスタング中佐を見る。
「まぁ、いいだろう・・・承知した。だが賢者の石について知り得たこと全て私に報告してもらうぞ。」
マスタング中佐はため息まじりにそう言って、一つの書類を俺に渡した。
「大総統から『銘』がくだされた・・・随分皮肉な銘だがな。」
俺はその書類を読んでみる。
「大総統キング・ブラッドレイの名において・・・汝エドワード・エルリックに『鋼』の銘を授ける・・・」
鋼・・・
「国家錬金術師には銀時計と・・・二つ名が与えられる。君が背負うその名は・・・鋼・・・鋼の錬金術師だ。」
俺はニヤリと口元が歪んだのを自覚した。
「いいね、そのおもっくるしい感じ・・・背負ってやろうじゃねぇの!」
俺の機械鎧が、軋んだような音を立てた。
錬金術師は魔法使い!?
『The Night the Chimera Cries』
俺はハボック少尉に車で送られながら、後ろに流れていく景色を見る。
まったくマスタング中佐のあの態度はなんだよ。
「大将、そんな顔しなさんな。中佐、いまちょっと厄介な事件を抱えているんだ。」
ハボック少尉がバックミラーから俺を見ながらそう言った。
くわえタバコがしながら、よく運転できるな。
「事件?」
俺はハボック少尉の言葉に興味を覚えた。
「女ばかりを狙った、連続殺人だ。」
殺人・・・俺はそれにいやな感情を覚える。
「それ・・・警察の仕事だろ?」
「軍のお膝元でいつまでも放置じゃ、面子にかかわるからな。」
「・・・また出世か。」
俺を推薦したことでマスタング中佐、随分上への評価が上がったらしいしな。
俺の呟いた一言に、ハボック少尉はいきなり車を止めて、こっちを見た。
その表情は別に怒っているわけじゃなかったけど、どこか憮然とした表情だった。
「確かに中佐は、出世のためならどんな手を使うことも躊躇わない男だが、それだけなら俺たちはついていかねぇよ。」
俺にはその言葉がよく解らなかった。
「それって・・・どういう意味?」
「そのうちわかる。」
ハボック少尉はそれだけ言って、また車を発進させた。
俺たちがタッカー家につくと、中庭にはアルフォンスとニーナとアレキサンダーがいた。
みんな俺の姿を見ると、しきりにどうだったって聞いてくるから、俺は国家錬金術師の証の銀時計を見せる。
アルフォンスとニーナがしきりに「すごい!」、「やった!」と言う。
俺は照れくさくてそろそろ時計を仕舞おうとしたら、アレキサンダーが俺の銀時計を取りやがった。
んのやろー・・・俺とそんなに遊んで欲しいのか!?
そこからは俺とアレキサンダーの鬼ごっこ勃発。
・・・最後は俺がアレキサンダーに潰されることで終わったけどな・・・
俺がやっと銀時計を取り戻してしまっていると、いつの間にか中庭に出てきていたタッカーさんとハボック少尉がなにか話をしていた。
なんだか何時ものタッカーさんと少し雰囲気が違って見えたけど、俺の気のせいかな?
タッカーさんは何時もの優しい笑顔を浮かべて手を叩く。
「さあ、今日はエドワードくんの試験合格を祝ってご馳走だよ!」
ご馳走!
「やった!」
「マジっすか!」
ご馳走!ご馳走!
楽しみだなぁ・・・
俺たちが喜んでいると、タッカーさんはハボック少尉も誘っているみたいだ。
結局断ったみたいで、今まさに帰ろうとしているときに、ハボック少尉は不意にタッカーさんのほうを振り向き、
「中佐からタッカーさんに伝言です。『もうすぐ査定の日です、楽しみにしております。』と」
査定?国家錬金術師の更新査定のことか?
ハボック少尉の言葉にタッカーさんは薄く笑って答えた。
「ええ・・・わかっています。」
そのときのタッカーさんの雰囲気は、やっぱりいつもと違っていた。
いつもより豪勢な食卓の席で、俺はタッカーさんにさっきの話を聞いてみる。
「査定っていうのは、国家錬金術師の?」
俺の言葉にタッカーさんは頷いた。
「1年に1度、研究成果を報告し、評価を得ないと、国家錬金術師資格を取り上げらてしまうんだ。」
「うわー、大変だなー」
アルフォンスがそう言った。
俺も大丈夫かな?
元の体に戻る前に資格を取り上げられたら、シャレにならねぇ。
「去年はいい評価が得られなかったからね、今年は頑張らないと。」
「やっぱり人語を理解する合成獣ですか?」
アルフォンスが何気なくタッカーさんに聞いた。
そのとき、一瞬だけタッカーさんの表情がこわばって見えた。
「そうだな・・・完成したら、2人に見てもらうよ・・・」
俺はそれ以上、タッカーさんに聞けなくなって、気づかない振りして食事を楽しんだ。
なんだったんだろう、タッカーさんのあの表情・・・
食事も終わって、俺は与えられた部屋に戻って手紙を書いている。
一応、ウィンリィとピナコばっちゃんに報告しとかないとな。
マスターにも報告しといたほうがいいけど、あの人、今、どこで、なにやってんのか全然わからねーしな。
俺も国家錬金術師になったし、マスターのクレア・バイブル探し少しは手伝ったほうがいいのかな?
そもそも一体なんのクレア・バイブルなんだ?
俺がいろいろと考えていると、そこにニーナが俺の手紙を覗き込んできた。
「ああ、故郷の幼馴染に合格の報告だよ。」
俺がそう言うと、ニーナもお母さんに手紙を書くといって画用紙とクレヨンで絵を描き始める。
そういえばタッカーさんの奥さんって・・・
「お母さんって、離れて暮らしているんだっけ?」
アルフォンスがそう聞いた。
「うん、お父さんが甲斐性なしだから、愛想尽かして実家に帰っちゃったんだって。」
おしゃまな口調でそう言ったニーナ。
俺はそれに顔を引きつらせた。
誰だよ、子供にこんな言葉教えたのは!?
「お母さんからはお返事、来ないけどね・・・」
そう言って俯いたニーナを、アルフォンスが優しく撫でた。
それからしばらく時間が経って、ニーナは絵を描きかけのまま眠ってしまった。
そこにタッカーさんが来てニーナを抱きあげる。
俺はニーナが描いた絵を拾いあげる。
その絵は、ニーナとタッカーさんとアレキサンダーと母親らしき人が書いてあった。
俺はそれを見てて、心がほんわか暖かくなった気がした。
俺はそれをタッカーさんに渡した。
タッカーさんはそれを片手で受け取って見る。
「妻は・・・貧乏に耐え切れなくて、出て行った。国家錬金術師になる少し前のことでね。」
俺もアルフォンスもタッカーさんの言葉を黙って聞く。
俺たちには、なにも言えないから。
「もし資格を取り上げられたら・・・またあの頃に逆戻りだ。この生活を守るために・・・どうしても査定に通らなくてはいけないんだ。」
そう言ってニーナの寝顔を見るタッカーさんの顔は、昼間ハボック少尉と話しているときの顔のようだった。
「お父さん・・・勉強、がんばれぇ・・・」
ニーナが寝言そう言うと、タッカーさんの雰囲気が一瞬で柔らかくなったのを、俺は感じた。
タッカーさんの査定・・・通ればいいな・・・
翌日。
俺はアレキサンダーにたたき起こされて、散歩に出ようとリビングの前を通り過ぎるとなにかが燃えたいたような匂いがした。
リビングの机の上には、案の定なにかの燃えカスがある。
俺はそれを広げてみると、昨夜ニーナが書いていた手紙と絵がそこにあった。
なんでニーナの絵が・・・
俺は嫌な予感を覚えて、アレキサンダーの散歩をやめて国立中央図書館・第一分館に向かった。
俺のこの予感が的中していないことを願って。
俺は第一分館に訪れて、タッカーさんの資料の閲覧しようと思ってきたけど、断られた。
鉄血の錬金術師・グラン准将の許可がないとだめだと言われた。
俺は仕方なく分館の外に出ると、警備兵が一人の男の通行を必死に止めていた。
まだ若い20前後くらいの褐色の肌の、サングラスを掛けている男だ。
ん?顔に大きな×印の傷?
「この第一分館は国家錬金術師専用でして、軍の許可がない方はどなたも通すわけにはいきません。」
「しかしここでしかわからんと言われてきたんだ。」
どうやら、ここに用があるみたいだ。
男は警備兵の脇をすり抜け、分館に入ろうとする。
俺は見ていられなくなって、その男の腕を掴んだ。
「なんだ。」
「ごめん、でも、決まりらしいからさ。」
男はなお通ろうとしたから、俺は力余って袖を破いてしまった。
俺はすぐに謝ろうとしたら、男の腕に書かれている文様を見て、言葉を失った。
それから一瞬の沈黙の後、男の行動のほうが早かった。
俺から千切れた服の袖を取り返すと、すぐさまその場から立ち去った。
腕の文様を隠すように。
「なんだったんだ?」
俺はわけがわからくて、それだけしか言えなかった。
俺はあの後、ヒューズ少佐のところに顔を出した。
少佐にあやうく娘自慢で時間を取られそうになったけど、なんとかタッカーさんが作った合成獣について聞けた。
タッカーさんは史上初めて人語を操る合成獣を錬成した。
そして、合成獣は一言『死にたい』と言って、餌も食べずに死んだようだ。
初めて喋った言葉が『死にたい』って・・・
俺は恐る恐るもう一つ、聞きたいことを聞いてみる。
「タッカーさんの奥さんってのは?」
「ああ、セントラルに来る前に死んだっていう?」
「・・・!?」
ヒューズ少佐の言葉に、俺は息を呑んだ。
「違うのか?」
少佐がそう聞いてくるが、俺は答えられなかった。
あの優しいタッカーさんがそんなことをしたなんて、俺は信じたくなかった。
そこに電話のベルが鳴って、ヒューズ少佐はその電話を取った。
最初は軽い調子だったけど、すぐに真剣な顔になった。
例の連続殺人の被害者がまた出たらしい。
俺はヒューズ少佐に無理を言って現場に連れて行ってもらった。
俺は路地裏で母親の遺骸に泣き縋っている子供を見て、少し前の自分を重ねた。
被害者の遺体には、布が掛けられていて見えないが、きっとひどい有様なのだろう。
まわりからは、軍人達がこの事件の調査をとったりしている。
ホークアイ中尉やマスタング中佐もいる。
俺はただ、泣いている子供を見ることしか出来なかった。
ホークアイ中尉が子供を遠ざけようとするが、その子供が遺体を被せている布を掴んでずるずるとそれを引き剥がす。
顕になる母親の遺体。
俺の脳裏に、俺が錬成した母さんの姿がフラッシュバックする。
「うあああああああ!!!」
俺はそのまま意識が闇の中に落ちていった。
俺は気がつくと、タッカーさんの家のベッドに横になっていた。
ベッドの傍らにはタッカーさんがいた。
アルフォンスとニーナの姿は見えない。
別の部屋にいるみたいだ。
「ひどいものを見たようだね。」
タッカーさんが優しい声で言ってくれる。
「・・・もう、大丈夫です。」
「ずっとお母さんの名前を呼んでいたよ・・・そして・・・謝っていたよ。」
「・・・!」
あの頃から俺は成長してねーのかな・・・
「君たちの身体を見たときから・・・もしかしたらと思っていたが・・・」
その優しい声に、俺は頷いた。
やっぱり・・・この人があんなことをした人だなんて思いたくない・・・
俺はタッカーさんに俺たちの・・・いや、俺の罪を告白した。
一縷の望み・・・この人を信じたいから、俺は話した。
しばらくして話し終わると、タッカーさんは眼鏡を拭きながら言った。
「母親か・・・辛かったね。」
俺はタッカーさんと目を合わすことが出来なかった。
「・・・本来、君たちのしたことは許されないことだ。」
「・・・はい・・・」
それはわかっています。
「・・・だが、気持ちはわかるよ。」
そう言ったタッカーさんは、微笑んでいた。
俺は泣きそうになったが、階下からの騒ぎに気づいた。
俺とタッカーさんが下に行くと、何人もの軍人が入ってきていた。
その中央には、肌が黒い、厳つい顔をした禿頭のおっさんがいた。
そのおっさんは俺とアルフォンスの姿を見ると、忌々しそうな顔をする。
「マスタングがなんと言ったか知らんが、ショウ・タッカーについては、このバスク・グランが後見を勤めている。」
「バスク・・・グラン。あんたが。」
鉄血の錬金術師、バスク・グラン准将かよ・・・
「綴命の錬金術師の研究は、軍の最高機密事項だ、軽々しく他人が出入りしていい場所じゃない。」
グラン准将は横柄な態度で、俺たちにいますぐ出て行けと、言外に命令した。
・・・俺たちはそれに従うしか、なかった。
その日の夜。
俺とアルフォンスはタッカーさんの家に忍び込んだ。
どうしても確かめたいことがあったから。
「こんなことして、せっかく手に入れた資格、取り上げられたら・・・」
「なにもなければそれでいいんだ・・・それで・・・」
俺はアルフォンスの言葉を遮るように、それだけ言った。
本当に・・・なにもなければいいんだ・・・
俺とアルフォンスはタッカーさんの研究室に恐る恐る入っていく。
そこにいたのは、俺たちが知っているあの優しいタッカーさんとは明らかに違う雰囲気を纏っていたタッカーさんだった。
タッカーさんは俺たちに驚く様子もなく、まるで待っていたとばかりにこちらを見てくる。
「タッカーさん・・・」
俺は名前を呼ぶと、タッカーさんは身体を横にずらした。
タッカーさんの足元にいたのは、茶色の毛並みの・・・長毛種の大型犬を髣髴させる合成獣がいた。
「見てくれ・・・人の言葉を理解する合成獣の完成品だ。」
そう言ったタッカーさんは、本当に誇らしげだった。
「いいかい、この人はエドワード。」
タッカーさんが合成獣にそう言うと、合成獣は首を傾げてやがて・・・
「えど、わーど?」
と言った。
アルフォンスはその合成獣の言葉に驚きの声を上げているが、俺はなにも言えなかった。
穴の開いていたパズルが全て、俺の中で完成されていく。
いやだ・・・信じたくない・・・
だが、その合成獣は俺の匂いを嗅ぐと、銀時計を引っ張り出してこう言った。
「お、にぃ、ちゃん・・・」
それが限界だった。
「タッカーさん・・・あなたがはじめて人語を理解する合成獣を錬成したのは・・・」
「2年前だ。」
俺の問いにタッカーさんはよどみなく答えた。
「あなたの奥さんがいなくなったのは・・・」
「・・・2年前だね。」
今度は少し間が空いた。
そして、これが最後の質問。
「ニーナとアレキサンダー、どこ行った?」
「君のような勘のいいガキは嫌いだよ。」
俺は我慢出来なくなって、タッカーさん・・・いや、タッカーを壁に思いっきり押し付けた。
「兄さん!」
「ああ!そういう事だ。」
アルフォンスも気づいたみたいだ。
「自分の奥さんを?」
「そして今度は娘と犬を使って合成獣を錬成した。」
合成獣・・・いや、ニーナは首を傾げてこっちを見ている。
「!人間を使えば楽だよな、ああ!?」
「なにを怒っているんだ・・・エドワードくん。」
やめろ・・・
「動物実験にも限界があるからな。医学に代表されるように人類の進歩は無数の人体実験の賜物だろう。」
そんな・・・子供に語りかけるような口調で・・・
「君も科学者なら・・・」
言わないでくれ!!
「ふざけんな!こんなことが許されると思ってるのか!?こんな・・・人の命を弄ぶようなことが!?」
俺の言葉に、タッカーは笑った。
醜い笑顔で・・・
「人の命!?はは、そう、人の命ね。君の手足、弟の身体、それも君が言う、人の命を弄んだ結果だろう!?それを知って、私ももう一度やる決心がついた!」
俺はそれ以上聞きたくなくて、タッカーの顔面を右腕で殴った。
タッカーがなにかを言うたびに、俺は右腕で殴った。
俺は・・・あんたを信じていたのに・・・
「兄さん、それ以上は死んでしまう。」
アルフォンスが俺を止める声が聞こえてくるけど、俺のこの荒れ狂う怒りは収まらなかった。
さらにタッカーを殴ろうとする俺を、ニーナがコートの裾を引っ張って止めた。
そこで俺はニーナのほうを向く。
ニーナは俺の目から見て、完璧に錬成されてる・・・でも、もしかしたら魔法で・・・
「ニーナ・・・ちょっと痛いかもしれないけど、我慢な・・・」
「兄さん、再錬成する気なの!?」
違うよ、アルフォンス。錬金術じゃなくて、魔法だよ。
俺は詠唱を開始しようとした時、グラン准将とその部下達の軍人が入ってきた。
護送車に乗せられるタッカーとニーナ。
俺は必死にグラン准将に訴えるが、最終的に准将は俺の腹を思いっきり殴ってきた。
俺はたまらずその場に蹲る。
そして、護送車は走り出した。
「連れ去られてたまるかよ!・・・ディル・ブランド(炸弾陣)!」
俺はアルフォンスに聞こえないようにカオス・ワーズを唱え、車を転倒させた。
致死性は低いから、そんなに被害はでかくないはずだ。
その衝撃でニーナは車の外に出られたみたいだけど、どこかに走っていってしまった。
俺とアルフォンスは、必死にそれを追いかける。
そして・・・俺たちがニーナを見つけたとき・・・
路地裏の突き当たりで、合成獣を叩きつけたようなシルエットとそこから滴っている血しかなかった・・・
「ごめん・・・ごめん・・・ニーナ・・・」
錬金術師は魔法使い!?
『National Alchemy Teacher Qualifying Examination』
(エドワード視点)
俺たちは今セントラルにいる。
ここに来るまでいろいろあった・・・ある村では愛故に狂気に駆り立てられた男を正当防衛とはいえ殺し、列車に乗れば列車強盗に会う。
短い間なのに本当にいろいろなことがあった。
始めて人を殺した夜は危うく潰れそうになったが、俺たちがやらなきゃいけないことを思い出してなんとか踏みとどまった。
それにマスターのこともある。
『これぐらいで潰れるなら、あたしが完膚なきまで潰してあげるv』と笑顔で言われそうだしな・・・
そうこうして、俺とアルフォンスは国家錬金術師資格試験を受けるために、ロイ・マスタング中佐のところにいる。
マスタング中佐は、俺とアルフォンスの覚悟を聞いてくるが、そんなのもうとっくの昔に出来ている。
そう言ったら、マスタング中佐は最適な環境で勉強してもらうと言って、一人の国家錬金術師を紹介してきた。
生体錬成の第一人者。
綴命の錬金術師・ショウ・タッカーを。
タッカーさんは優しそうな人だった。
快く書庫の資料も見せてくれたし、娘のニーナと犬のアレキサンダーも俺たちを歓迎してくれた。
流石、史上初めて人語を理解する合成獣・・・キメラを錬成した人の書庫だと俺は思った。
夕食のとき、タッカーさんに勉強の具合はどうだって聞かれたけど、タッカーさんの書庫の本は知らないことが多すぎて、まだ頭の中をぐるぐるしてる。
ニーナがなにも食べない・・・いや食べられないアルフォンスに食べるように薦める。
それは純粋な好意だから、俺もアルフォンスも無碍に出来なくて、仕方なくアルフォンスは食べる振りをして鎧の中に食べ物を放り込む。
俺はそれを横で見ていて、胸が締め付けられそうだった。
・・・・・・俺がアルフォンスをこんな体にしてしまったのだから。
アルフォンスは、そんな体にしてしまった俺をどう思っているんだろうか?
それから俺とアルフォンスは毎日錬金術の勉強に励んだ。
国家錬金術師になれば、道が拓けると信じて・・・
俺たちがタッカー家にお世話になって数ヶ月。
季節も冬に変って、最近寒くなってきちまった。
俺は今日も書庫で本を読んで勉強中。
ゴーン
そのとき、柱時計の時計が鳴って俺ははっとなった。
「いけね!もうこんな時間か。」
俺は持っていた本を傍らに置いてアルフォンスの姿を探すが、書庫のどこにもいない。
そのとき俺は、外のほうでニーナとアルフォンスの楽しそうな声が聞こえてきた。
「遊んでんのか?」
俺はそう思って中庭に出ると、そこには一面の白銀世界が広がっていた。
「「兄さん(お兄ちゃん)!雪!!」」
楽しそうに雪遊びしているアルフォンスとニーナに触発されて、俺も一緒になって雪の中を飛び込んだ。
本当に久しぶりに楽しい一時だった。
勉強ばかりだったから、いい息抜きにもなったしな。
「試験が終わっても、お兄ちゃんたち、うちにいてくれるといいな。」
俺たちが雪の上に寝転がっていると、ニーナがそんなことを言った。
俺たちが国家試験に合格したら、もうここにいる理由がなくなる。
そうすれば、ニーナともお別れか・・・
俺は暗くなりかける思考を振り払って起き上がると、近くの枝を拾う。
そして俺は簡単な錬成陣を雪の上に書き始めた。
「お兄ちゃん、それなに?」
ニーナが俺の手元を覗き込みながら聞いてきた。
「錬成陣って言ってな。願いが叶うおまじない。」
俺はそう言って、書き終わった錬成陣に手をあてて、錬成を始める。
錬成陣が光り、そこから植物の芽が出て、あっという間に華を開かせた。
「うわあ、すごーい!」
ニーナはそれに目をきらきらさせて、俺が錬成した華を見る。
俺はその華を華冠にして、ニーナの頭に乗せてやる。
「よう、エルリック兄弟!」
そこに聞き覚えのある声がして、俺たちがそちら見ると、列車強盗事件でお世話になった軍人がいた。
確か名前は・・・
「ヒューズ少佐」
俺が名前を呼ぶと、人のいい笑顔でこちらに手を振ってる。
「迎えにきてやったぞ、今日エドの誕生日だろ?」
そう言われて、俺は今日が何日なのか思い出した。
隣のアルフォンスも俺の誕生日を思い出したようだ。
誕生日・・・家族に祝ってもらった思い出と一緒に、ある種封印しておきたい記憶も蘇る。
マスター・リナが俺の誕生日に用意するプレゼントいう名の地獄が・・・
本人曰く、俺を鍛えるためのバースデー・スペシャルだって言うけど、そんな生易しいもんじゃない・・・あれは地獄だ!
一番最初は猛獣の潜むジャングルに何も持たされずに放り込まれて、次の年はブリッグズ山の人食い熊と一騎打ち・・・じゃなくて、一対多数・・・ほかにもアルフォンスや母さんにバレないように綿密に工作してあれこれしてたよな・・・あの人・・・
俺は今年もなにかありそうな予感がして、無意識のうちに震えが走ったけど、それをヒューズ少佐は寒さのせいだと思って特に気にもしなかった。
「祝い事はみんなで分かち合ったほうが楽しいからな!」
そう言って笑うヒューズ少佐に、俺は感謝の反面、少し憎らしく思えた。
本当に、いやなこと思い出しちまったぜ・・・
俺たちはヒューズ少佐の家に招待されて、奥さんのグレシアさんに出迎えられた。
俺たちがグレイシアさんに思ったことは・・・
「うわっお腹大きい!」
「赤ちゃんうまれるんですか?」
これだ。
本当にお腹が大きくて、そこに新しい生命があると思うとなんだかちょっと感動する。
グレイシアさんに「触ってみる?」と薦められたけど、俺はなんだか怖くて遠慮した。
ニーナは嬉々として触っている。
「あ、動いた!」
ニーナの言葉に俺とアルフォンスは、本当にそこに生命があるんだって思えた。
それからは美味しい料理に、美味しいケーキ・・・温かな空気に俺たちは楽しんだ。
今年の誕生日はいい日になりそうだ。
そして日も暮れて、グレイシアさんが新しいお茶を注いでくれようとしたとき、事件は起こった。
「・・・産まれる・・・」
この一言で俺たちは大パニックになった。
病院に行こうとしても外は吹雪になってる。
この吹雪の中、グレイシアさんを病院に連れて行くのは無理だと思った俺たちは、ヒューズ少佐が医者を連れてくることになり、残った俺たちはグレイシアさんの指示で、タライいっぱいのお湯とたくさんのタオルを用意する。
ニーナもグレイシアさんの汗を拭ったりしながら、手伝ってくれる。
俺たちは右往左往しながら、医者を待つ。
その間、グレイシアさんは必死に痛みに耐えている。
「ちくしょー・・・俺たちには何も出来ないのかよ・・・」
俺の魔法も錬金術も、こんなとき何の役にもたたない。
俺は拳を自分の手のひらにあてて、悔しさに歯噛みする。
「お兄ちゃん・・・お湯冷たい。」
俺は用意したお湯が冷めてしまったことをニーナに言われて、お湯を取り替えようとタライを持ったとき、錬成反応が起きて、お湯が瞬時に沸騰した。
「「!?」」
な・・・なんで錬成陣もなしに!?
俺とアルフォンスはその現象にまたパニックになったが、グレイシアさんの呻きにまた違うパニックに陥った。
「医者はまだかーー!?」
思わず叫んでしまった俺を、誰も責めないで欲しいとそのとき心底思いました。
(??視点)
あたしは窓の外から、中の様子を見てため息を吐いた。
今日はあいつの誕生日だから、なにか祝ってやろうと思ってきたんだけど・・・その必要もなかったか。
「今年はなにもしなくても良さそうね。」
あたしはそう呟くと、離れたところから医者を抱えた無精ひげの男が走ってこっちに来てる。
やばっそろそろ行かないと・・・
あたしはそのままレビテーションで空を飛ぶと、その家から離れた。
「Happy Birthday Edward。」
(エドワード視点)
結果的に言うと、赤ちゃんは無事に生まれた。
女の子だった。
俺は思わず泣いちまった。
生命が生まれるのが、こんなに感動するなんて思わなかった。
アルフォンスが産まれたとき、俺は1歳くらいだったから覚えてないけど、アルフォンスもあんな風だったんだ。
絶対、俺がアルフォンスを元に戻してやるんだ。
俺は決意を新たに、その新しい生命の誕生を祝った。
それから俺たちはますます錬金術にのめりこんだ。
あの頃の体を取り戻すために。
そして始まった試験当日。
最初は筆記だったけど、俺は最後の問いまで行き着けなかった。
アルフォンスは最後まで書けたみたいだけど、自信ないのか、それとも次の面接のことを考えているのかしょんぼりしている。
それで、雪も無くなりかけているタッカー家の中庭で、俺とアルフォンスがぼーっと空を見上げていたら、マスタング中佐が尋ねてきた。
そして尋ねてきた理由は・・・
「どういうことですか!?僕に面接を受けるなだなんて・・・」
ここはタッカー家から離れた路地裏。
そこで聞かされた内容は、アルフォンスにこれ以降の試験を受けるなというものだ。
理由はなんとなく解る。
面接には、人によって健康診断もあるからそれでアルフォンスの体を調べられでもしたら・・・
だから俺はアルフォンスに言った。
「国家錬金術師ってやつは、戦争が起これば駆り出されるし、大衆のために使うべき錬金術で人を殺めることだってある。」
アルフォンスをそんな目にあわせたくない。
俺の自己満足でも構わない。
それでアルフォンスが少しでも危険から遠ざけることが出来るなら・・・
「国家錬金術師になるのは俺だけで十分だ。約束する。俺が国家錬金術師になってお前の願いを叶えてやる。」
俺は有無を言わさず、そう言った。
アルフォンスの願いは、俺が必ず叶えてやるからな。
俺は面接もパスできた。
そして、最後の実技試験。
俺は面接で自分の言ったことを思い返してみる。
この試験の動機を・・・
『・・・約束したんだ。たった一人の家族と・・・必ず、国家錬金術師になるって。』
あの気持ちに偽りなんかない。
アルフォンスのためにも、絶対合格するんだ。
俺は大総統から与えられた目の前の物質・・・氷、水、土、木などの様々なものを目の前になにを錬成しようか考える。
「一体どうすりゃ・・・合格できるんだ?」
俺が考えている間に、一人の男が前に進み出て、巨大な塔を錬成した。
あんな大質量の錬成を・・・
次に別の男が木と水を錬成する。
出来たものは、巨大な紙の風船と風船を浮かせている水素。
風船はどんどん上昇していって塔の先端に向かっていく。
「!?」
やばい!あのままだと風船が塔に!
風船は俺の予想通りに塔の先端に刺さって、塔もろとも崩れていった。
しかも塔の真下には、塔を錬成した人が力尽きて動けない状態。
俺は無我夢中で走った。
詠唱・・・ダメだ、間に合わない!
俺は無意識のうちに手を合わせると、地面に手をついて錬成した。
材料は、塔と風船!
錬成反応が起こり、空から花びらが降って来る。
俺が空を見ると、そこには巨大な華冠が出来ていた。
俺は自分の手を見る。
あの錬成は先生と同じだった。
試験も終わり、俺はアルフォンスと一緒にタッカー家に帰る。
アルフォンスの背中には、アルフォンスと一緒に俺の試験の応援に来ていたニーナがすやすやと眠っていた。
「アル・・・俺、もうあれこれ悩むのやめにする。前だけ見て突っ走る。行き止ったら、そん時はそん時だ。」
俺は振り返ってアルフォンスを見上げる。
「いつか、必ず、お前を元に戻してやるからな。」
「うん・・・!その時は兄さんも一緒だよ!」
そう言って俺たちは拳を合わせた。
人ではないが人の形をした器。
エドワードはその器の内側に自らの血で血印を描く。
次に自分の額、両腕、胸の部分に同じの血印を描く。
そして願う。
「返せ・・・返せよ・・・たった一人の弟なんだー!!」
少年は再び門を開いた。
錬金術師は魔法使い!?
『決意』
アルフォンスの魂を鎧に定着させ、そのアルフォンスに連れられて現在ピナコ・ロックベルで療養をしている。
エドワードは熱に魘されながらも、先ほどここに来た国家錬金術師の言葉を考えていた。
豊富な資金と研究資料の閲覧とあらゆる特権。
その代わり軍に服従しなければいけない。必要ならば戦争にも駆り出される。
(アルの体を元に戻すには・・・)
エドワードはそこまで考えて、自分の魔力を練りだす。
そして片方の腕を無くなった方の腕の付け根に手を翳す。
「白き流れ 癒しの力よ ・・・リカバリイ(治療)」
白い光がエドワードの傷口を覆う。
その光はエドワードの傷を完全に癒すわけでなかったが、いくら包帯を替えても止血しきれなかった血の滲みがそれ以上広がることはなかった。
(とりあえず止血ぐらいは・・・これ以上は体力がもたねー・・・)
エドワードは傷口がふさがると同時に、体力を消耗していくのを感じた。
「先生とマスターにバレたら・・・俺、殺されるよな・・・」
(リザレクションが使えたら、もう少しなんとかなるのに・・・もっとちゃんと回復魔法を学んどくんだったな・・・そうすればアルも・・・母さんも)
エドワードは一通りの魔法は使えるのだが、その性格のためか治療系の魔法を苦手としているのだ。
(攻撃魔法が・・・特に黒魔法が得意なんて、シャレにならねーよな・・・)
エドワードはそう考えていると、ピナコとウィンリィが部屋に入ってきた。
そして、包帯を新しく替えてもらい、エドワードは決意していたことを話す。
「ばっちゃん・・・家にまとまった金があるんだ。」
「馬鹿、つまんないこと気にするんじゃないよ。」
ピナコはエドワードの子供らしからぬ言葉に、反論するが次に出てきた言葉は予想していたものではなかった。
「違うんだ。その金で・・・俺に機械鎧をつけてくれ。」
機械鎧・・・慣れれば自分の手足と同じように使えるものだが、装着時の痛みは大の大人も悲鳴をあげ、リハビリには3年も掛かるといわれている。
「軍の狗と呼ばれようとも構わない。俺にはやらなくちゃならないことがあるんだ!」
(アルを元の体に・・・!!)
その瞳には、強い焔が灯っていた。
あれから1年の月日が流れた。
エドワードは1年で機械鎧のリハビリを終わらせた。
そして、昼間アルフォンスと互角に組み手をできるまでになった。
今は夜。
エドワードはみなが寝静まった頃を見計らって、昼間アルフォンスと組み手をした湖にきた。
「火より生まれし輝く光よ 我が手に集いて力となれ ライティング(明り)」
エドワードの手より光球が生まれ、それを空中に浮かせた。
その明かりはさほど強いものではないが、辺りを見渡すには十分の光量だ。
「よし・・・」
「随分魔法の扱いも上手くなったわね。」
「!?」
エドワードが魔法の鍛錬をしようとした時、背後から聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
それは5年近く自分に魔法を教えてくれた人の声。
エドワードは恐る恐る後ろを振り返ると、そこにいたのはまさに想像通りの人物がいた。
「久しぶりね、エド。」
「マ・・・マスター!?」
そこにいたのは、出会った頃とまったく変らないリナがいた。
エドワードはそこでリナに人を蘇生させようとしたことがバレたときのことを考え、一気に血の気が引いた。
「お、お、お、お、お久しぶりです!マスターはクレア・バイブルを探していたんじゃ・・・」
エドワードはしどろもどろに聞くと、リナはにっこり笑った。
否、表面上は笑っているが額に青筋が見えることから、確実になにか怒っている。
「クレア・バイブルはまだ見つかっていないわ。この世界ってあたしからしたらクレア・バイブル級の書物が多くて・・・それよりエ・ド♪」
びっぐぅぅぅ!!
リナのその声にエドワードはあからさまに怯えた。
「なーんで右腕と左足が機械鎧になってるのかな?」
一歩リナがエドワードに近づく、それにつられてエドワードは一歩後ずさる。
「ちょっと調べさせてもらったわよ。あんた・・・あたしの言いつけを破って禁忌を犯したって?」
リナが一歩近づき、エドワードが一歩後ずさる。
「あたし言ったわよね?この世の理に反することだけはするなって・・・」
そこでリナの足が止まる。
しかし、その手には紅い光球が輝いている。
「この馬鹿弟子がーーー!!!!」
ファイアー・ボール(火炎球)
その夜、エドワードの絶叫が響き渡ったが、それを聞くものはいない。
「まったく・・・それでこれからどうする気よ。」
「国家錬金術師になろうと思ってる。」
エドワードはリナをまっすぐ見ながらそう言った。
しかし、半分近く黒こげだから格好はついていないが・・・
リナはそんなエドに呆れたようにため息を吐いた。
「あんたのことだから、国家錬金術師になって元の体に戻る方法を見つけるつもりなんでしょ?」
「だって!・・・だって、アルがあんな体になったのは俺のせいだから・・・」
そう言って俯くエドワードにもう一度リナはため息を吐くと、懐から4つの紅い石のタリスマンを取り出した。
デザインは若干リナのものと違うが、それでもリナのタリスマンと同じ力が秘められているのは、エドワードでも容易にわかった。
「あたしからの餞別よ。デモン・ブラッドのタリスマン。以前教えたブーストを使えば、魔法の威力が上がるわ。」
そう言ってリナはエドワードの手にタリスマンを乗せる。
ライティングの光に照らされて、タリスマンの石がその名のとおり血の様に紅い輝きを放っていた。
「マスター・・・」
「それにしても!変な世界よね。人間以外の奴はこの世界に来れないのに、魔法は元の世界と同じように力を借りることができるなんてね!!」
エドワードがリナの心遣いに涙が零れそうになったが、リナは照れ隠しのように明るくそう言ってそっぽ向いた。
「あたしはそろそろ行くわ。いいこと!あんたがそう決めたんだから、絶対立ち止まるんじゃないわよ!!」
リナはそう言い終ると、そのままレイ・ウイング(翔封界)で飛び立った。
エドワードは飛び立つリナの背中を見送りながら、タリスマンを身に着けると、リナに向けて深く頭を下げた。
おまけ
最後の余韻を台無しにされたくない方は、一気にスクロールしてください!
が!そこで感動的に終わるわけなかった。
エドワードが顔を上がると、いくもの炎の矢・・・恐らくフレア・アロー・・・が何発もエドワード向けて飛んできた。
「んぎゃあああああ!!!」
ちゅどーん!!
合掌・・・ちーん
「へ?あんたがあたしに協力してほしい?」
リナは目の前に現れた久方ぶりの戦友とも呼べる奴の言葉を鸚鵡返しに言った。
「はい。異世界に落ちてしまったクレア・バイブルの写本を探してほしいのです。」
昔の戦友・・・高位魔族ドラゴン・スレイヤーとも呼ばれた獣神官ゼロス。
彼は昔から変らない容姿でそう言った。
錬金術師は魔法使い!?
『裏話』
クレア・バイブル・・・異世界の神や魔王の魔術や奥義を書き記した伝説の魔道書。
本物のクレア・バイブルは『本』と呼べる形状ではないが、この際関係ない。
世の中にはそのクレア・バイブルを書き写した写本が多数存在する。
リナは胡散臭そうな顔で、目の前の魔族を見る。
「なんであたしに依頼しに来るのよ・・・」
「それが・・・その世界では人間しか関与できないような変なプロテクトが掛かってて・・・」
困ったように笑いながら頭をかくゼロスに、リナは深いため息を吐いた。
この魔族ははぐらかすのがとにかく上手い。
リナはそれを解っていながらも、ゼロスの話を詳しく聞いてみた。
曰く、人間達の手にクレア・バイブルが渡らないように処分しに、世界中を回っていたが、その中の一つを誤って次元の彼方へ落としてしまった。
すぐにそれを回収しようとしたが、魔族や神族はその世界に入ることができないことがわかった。
そこで腕の立つ人間・・・つまりリナにその白羽の矢がたったのだ。
「ふーん・・・あんたたちがそこまでして回収しようとするとなんて、よっぽど重要なことが書かれた代物なのね。」
リナは目をぎらりと輝かせる。
ゼロスはそれにやや引きつつ、内心はやまったのかと後悔しかけた。
「え・・・えぇ、それでどうしても回収、もしくは処分しなければならないのです。それで報酬のほうは・・・」
リナはゼロスから報酬の話を聞いている途中、ゼロスの身に着けているものにリナは注目した。
現在リナが身に着けているデモン・ブラッドのタリスマンと同じものが4つ。
リナはそれに目を輝かせた。
「・・・こんな感じでー・・・ど、どうしました?」
ゼロスは獲物を狙う目で見てくるリナに思わず引いてしまう。
「報酬、あんたがつけてるタリスマン頂戴!!」
ズドッ
ゼロスはそれに思わずずっこけた。
「だ・・・ダメですよ!これはやっと新しく貰えた・・・」
「それがいい!じゃなきゃ依頼受けないわよ?」
リナは脅しともとれる言葉にゼロスはぐっと押し黙りそうになる。
「リナさんは既にデモン・ブラッドのタリスマン持ってるじゃないですか。」
「これはあんたから買ったの!いいじゃない、わざわざ異世界に行ってあげるって言ってるんだから。」
この時点でゼロスに選択の余地が無かったことを明記しておこう。
「ほーほほ!素直に渡せばよかったのよ!」
「うー・・・絶対依頼遂行してくださいよ?」
ゼロスは半ば涙を流しながら、異世界の門を開く。
「ま!なるようになるでしょ!!それじゃガウリィたちに事情を話しといてよ!!」
リナはゼロスから強だ・・・ゲフンッ前報酬として受け取ったタリスマンを懐にしまい、意気揚々と門の中に消えていった。
「お願いしますよー・・・はぁ」
ゼロスはリナが見えなくなったところで、深いため息を吐いた。
「まったく・・・よりにもよって『闇の賢者の石』の生成法を記したクレア・バイブルが異世界に渡るなんて・・・」
ゼロスはそう呟きながら、天を仰いだ。
「あれが下手に知識のある人間に渡ったら、国一つ簡単に滅んでしまいますしね。」
「ここが異世界かー・・・」
リナは異世界についた第一の感想である。
まわりは草原で、少し離れた場所には湖が見える。
まわりには人家らしきものがちらほら見える。
簡単に言えばド田舎だ。
「別段あたしらのところとあんまり変らないみたいね。」
リナはそう呟いて、ひとまず湖のほうへ足を向ける。
しばらく歩いてみると、湖の湖畔に5歳くらいの金髪の男の子がなにか地面に落書きしている。
リナは地元の子かと思い、話しかけようとするとその落書きのようなものから雷のようなものがほとばしった。
そして、その子供の手に粘土の人形があった。
「へー!おもしろい術ね。」
リナは子供の使った術に興味を覚えてた。
あのような陣を用いた魔術も存在するが、その陣の構成はリナの見たことの無いものだった。
「おもしろい魔法ね。ね!ね!それあたしに教えてくれない!?」
リナはその知的探究心で子供から、その術を学ぼうとするが、子供はその術を錬金術といい気丈にもリナを真っ直ぐに見る。
「え、いいけど教えたらなにを代価にくれるんだ。」
(うっ案外ちゃっかりしてるわね。)
リナは思わず顔が引きつりそうになったが、少し考える。
この子供は代価といった。
なにか自分の持ってる道具を渡したところで、恐らくこの子にはあまり意味がない。
アメでも渡そうものなら、利発そうなこの子のことだ。
怒り狂うかもしれない。
そこでリナは思いついた。
「それなら、あたしは魔法を教えるわ。黒魔法、白魔法、精霊魔法、神聖魔法、音声魔法とかあるから時間かかるけど。」
「ほんと!?」
リナの提案に子供は案の定食いついてきた。
(ふっふっふっ、姉ちゃんよりみっちりしごいてやるわ!)
リナは内心それで子供が早々に諦めてくれることを願っていると、子供が名前を聞いてきたのでリナは高らかに名乗った。
「あたし?あたしの名前はリナ・インバース。魔術師リナ・インバースよ!」
その後、エドワードと名乗った子供はその後5年近くリナのしごきに耐え切り、リナの思惑を大きく裏切った。