俺が軍の狗になって3年の月日が流れた。
いまだ俺とアルフォンスは元の身体に戻ってはいない。
マスターも、まだクレア・バイブルを見つけていないとこないだこぼしていたな。
それと同時にマスターが各地で起こした騒ぎも聞いている。
・・・俺たちより派手にやってるから、どこに行っても聞こえて来るんだよな。
話がずれた・・・今現在、俺たちは昇進したマスタング大佐からの情報で、東方の辺境砂漠の街・リオールに向かっている。
錬金術師は魔法使い!?
『One Who Challenges the Sun』
俺とアルフォンスは、リオールの街にいる。
街の様子は豊かで、それなりに活気がある。
にしても、ワインで噴水を作るなんて贅沢もいいとこだ。
「ずいぶん豊かなんだな、リオールの街は。」
俺とアルフォンスは、街の広場のフードスタンドで店主と話していた。
俺はジュースを飲みながら、そう言うと店主は笑って頷いて、なにかに気づいたようにラジオのスイッチをONにした。
『祈り信じよ、されば救われん。―――」
それと同時に厳かな音と一緒に流れる放送。
まわりを見れば、そこかしこでラジオを聴いて祈りを捧げている人たちがいる。
「なんだこりゃ?」
「ラジオで宗教放送?」
俺とアルフォンスがそう言うと、店主はむっとした顔になった。
「俺からすれば、あんらのほうが『なんだこりゃ?』なんだがね?」
あ、やっぱり少し怒ってるか。
「・・・あんたら、大道芸人かなんかか?」
ぶばぁ!!
俺は店主のその言葉に思わずジュースを噴出してしまった。
いくらなんでも、そりゃねーぞ!!
「あのなおっちゃん!俺たちのどこが!!」
「芸人じゃなけりゃ、またなんでこんなところに?」
「ちょっと探し物・・・」
大佐の情報じゃ、それらしきものがあるって話だけど・・・だー!どういったのかわかんねーから探査の魔法も使えねー!!
伝承に伝わる形状が正しいって保障もねぇし・・・地道に調べるしかねーんだよな。
「んで、この放送なに?」
「コーネロ様さ。」
俺は話題を帰るためにそう聞く。
けど、それじゃわかんねーよ。
「だれ?」
「!?太陽神レトの代理人を知らんのか!?」
「だから・・・だれ?」
そんな目を向いて驚かれても、知らんもんは知らん。
しかも神の代理人って・・・胡散臭い以外のなにものでもねーぞ。
神や魔王がいるのは知ってるけど、人間がそれを名乗るのはどうも胡散臭い。
・・・そういや、マスターはその魔王を滅ぼしてるんだった・・・
俺はそんなどうでもいいことを考えていると、まわりの客がコーネロについて話してくれる。
なんでも『奇跡の業』って奴で、滅びかけたこの街を蘇らせたらしい。
「宗教には興味ないから・・・行くか、アル。」
「あ、うん。」
俺は早いとこ賢者の石を探すために、スタンドから離れようとしたが、アルフォンスの頭がスタンドの天井に当たって、その上にあったラジオが落ちた。
うわー・・・見事に真っ二つだな。
「あー!困るなお客さん!大体そんな格好でいるから・・・」
「わりぃ、すぐに直すから。」
俺は苦笑して錬成しようとしたら、アルフォンスが代わりにやると言った。
そしてアルフォンスがチョークを取り出して、ラジオを中心に描かれる錬成陣。
書き終わって、アルフォンスが手を翳すと錬成反応が起こってラジオが元通り。
壊れる前と変らず宗教放送が流れている。
「こいつぁたまげた!あんた、奇跡の業が使えるのかい!?」
「なんだいそりゃ?」
「僕達、錬金術師なんです。」
この辺の奴は、錬金術を見たことないのか?
俺たちの言葉に俺の予想を裏付けることを言ってる。
・・・本当にいないのか。
「エルリック兄弟っていえば結構名が通っているんだけどな。」
ここじゃ、マイナーなのか?
「鋼の錬金術師エドワード・エルリック。」
そこに、スタンドの端のほうに座っていた女が突然そう言った。
「イーストシティあたりじゃ有名よ。ウワサの天才錬金術師だって。」
そう言った女の顔は、どこかで見たような紫の瞳だった。
なんか猫みてーな目だな。
俺がそんなこと思っている間に、まわりは騒ぎ出す。
・・・アルフォンスのまわりに集まって・・・
「なるほど、こんな鎧着てるから二つ名が『鋼』なのか?」
「そんなに有名なのかい、あんた?」
「あぁ、いや・・・僕じゃなくて・・・」
アルフォンスは特に明確に言う訳じゃなく、俺を示す。
「へ?あっちのちっこいの?」
ぶちっ
「だれが豆粒みたいで目に入らないってーー!!?」
「「そこまで言ってねーー!」」
背が低くて悪かったなーー!!
「今日はなんだか賑やかですね?」
俺が怒りのままに暴れていると、前髪だけピンク色の褐色の肌の女が来た。
店主との会話を聞いていると、名前はロゼみたいだ。
「こちら、旅の方」
「あ、僕アルフォンス・エルリックです。」
「俺が兄の!エドワード・エルリックだ。」
俺は『兄の』の部分に力を込めてそう名乗った。
「あら、あなたのほうがお兄さんなの?」
ぐっどいつもこいつも・・・!!
「ロゼ、この人たちをレトの教会まで案内してくれ。探し物があるらしいから、神のご加護があるようにな。」
「いいですよ。宿坊もありますし、どうぞお泊りになってください。」
店主とロゼの会話に、俺は考える。
宿坊に入り込めば、賢者の石の情報が手に入るかもしれないしな。
それに書物庫みたいなところに入れれば、なにかしらの情報はあるはずだ。
「それじゃお言葉に甘えて、お世話になります。」
俺は笑顔でそう言った。
その日の夕方。
俺は与えられた一室の窓際で、この教会の墓地を見下ろしていた。
ロゼがその墓地で、墓の前から動こうとしない。
この宗教の教主もいる。
そこに、アルフォンスが来た。
「あれ、ロゼさんの恋人のお墓なんだって。」
どっからそういうこと聞いてきたんだ。
「身寄りもなくて、恋人を失ったロゼさんはコーネロ教主の教えに縋ったんだってさ。」
宗教に縋ること自体、別にかまわない。
だけど、依存しすぎてはいけない。
俺はマスターからそう学んだ。
あくまで心の拠り所程度にしておけってな。
だけど、アルフォンスの口調に引っ掛かった。
「死んだ者が蘇るわけでもなし・・・」
「生き返るらしいよ。」
「!!」
俺はアルフォンスのほうを見る。
アルフォンスは、まだロゼたちのほうを見ている。
「『生きる者には不滅の魂を 死せる物には復活を その証が奇跡の御業』だってさ。」
俺はもう一度、ロゼたちのほうを見る。
治療系魔法のエキスパートなら、瀕死の人間も治すことが出来るけど、完全に死んだ人間は生き返らせることなんて出来ない。
これは錬金術でも同じだ。
教主の奇跡が本当でも、そうでなくても・・・
「うさんくせぇ・・・」
翌日。
俺たちは聖堂前の広場で教主の奇跡の業とやらを見に来た。
水をワインに変え、丸太をレト神の像に変える。
「どう思う?」
「どうもなにも、あの変性反応は錬金術でしょ。」
俺とアルフォンスは同じ結論に至った。
俺はもしかしたら、魔法の可能性も考えていたが、あれを見る限りそれはない。
「それにしても法則がな・・・」
俺は思考の渦に沈もうとしているところに、ロゼが俺らに気づいて話しかけてきた。
「どうです?教主さまの奇跡の業は?」
「いや、あれは錬金術だ。コーネロって奴はペテン野郎だな。」
俺の言葉にロゼはむっと怒るが、事実だ。
「でも、そうと決まったわけじゃないんだ。第一法則無視しているし・・・」
アルフォンスがロゼにフォローを入れる。
「法則?」
ロゼはわけがわからないといった顔をする。
錬金術を知らない奴なら、これが普通か。
「錬金術ってのは、無から有を生み出すわけじゃない。自然界の法則に従った科学技術なんだ。」
「・・・え・・・?」
俺はロゼの顔を見ずにそう言った。
俺から見えないけど、ロゼは意外そうな顔をしているんだろうな。
「一の質量のものからは同じく一のものしか出来ない。僕が同じ大きさのラジオしか作れなかったのと同じです。」
アルフォンスが俺の後を継いで、説明してくれる。
「巨大なラジオを作ったり、紙や木に変えることが出来ない。」
「だが、あのおっさんはそれを無視しちまってる。」
「だから奇跡なんですってば!!」
俺の言葉にロゼは怒鳴る。
その間に、コーネロは子供が差し出した死んだ小鳥を手で包んだ。
起こる雷に似た錬成反応。
コーネロが手を小鳥は生きているかのように飛び、コーネロの肩に止まった。
「錬金術で、あんな奇跡が起こせるんですか?」
ロゼは勝ち誇ったようにそう言うが、俺には解った。
あの小鳥は本当に生き返ったわけじゃない。
「兄さん・・・」
「あぁ・・・」
アルフォンスの言葉に、俺は頷く。
やっと・・・目的のものを見つけた。
その日の夕方。
俺は一人で聖堂の長いすに座って、レト神の像を見ている。
そこにロゼが来た。
ロゼは俺の姿を見て、一瞬引いたような仕草をしたが、すぐに布巾で台座を磨き始める。
「そうやって真っ正直に神に仕えてれば、いつか死んだ者も生き返るのかい?」
俺の言葉に、ロゼは一瞬身体を強張らせたけど、笑顔で振り返る。
その目は、本当にそう信じている。
いや、信じなければ立っていなられない目だ。
俺はため息を吐くと、懐から研究手帳を取り出してページを開く。
「水35リットル、炭素20キログラム、アンモニア4リットル、石灰1.5キログラム、リン800グラム、塩分250グラム、硝石100グラム、硫黄80グラム、フッ素7.5グラム、鉄5グラム、ケイ素グラム、その他少量の15の元素・・・」
俺は手帳に書かれていることを淡々と読み上げる。
ロゼは訳がわからないといった感じで、俺を見る。
「標準的な大人一人分として計算した人体の構成成分だ。」
俺はそこまで言って、手帳を閉じる。
「今の科学だとここまでわかっているのに、足りない『なにか』が何なのか、科学者は何百年も研究を続けている。ただ祈って待ち続けるより有意義な努力じゃないかな。」
ロゼは幸せになるために努力するわけでもなく、ただ他人から与えられる偽りの幸福を夢見ているだけ。
「ちなみにこの成分材料な、市場に行けば子供の小遣いで全部買えちまうぞ。人間ってのは、お安くできてんな。」
俺は昔の自分の思い出して、苦笑する。
ロゼはそれが気に入らなかったみたいだ。
「人は物じゃありません!神を冒涜するのですか!?」
険しい表情でそう怒鳴ってくるロゼ。
俺はそれを見て口元が歪む。
「別にそう言うわけじゃないさ。ただ・・・」
俺は長椅子から立ち上がると、レト神の像に近づく。
「人間は、どこまで行っても人間でしかないのさ。」
そこで俺はロゼを真っ直ぐ見る。
「人は・・・神にはなれない。」
よっぽど特殊でない限りな。
確かマスターの姉ちゃんが『赤の竜神の騎士』だっけ?
他にも、マスターの世界にはそういった竜神の力と記憶を受け継いだのがいるらしいけど、それらは例外だ!
あとは魔族と契約、勧誘を受けて魔族になった奴か?
「太陽はその恵みを地上に齎してくれるけど、近づきすぎれば燃え尽きるだけ・・・」
俺の言葉にロゼは押し黙ってしまった。
しばらく沈黙が俺たちの間を支配する。
ずがーーん!
そこに一発の銃声が聞こえてきた。
俺たちが音の発生源を見ると、扉の向こうから頭が取れ倒れこむアルフォンスと銃をこちらに向ける信者の一人。
「クレイ師兄!なにを・・・」
ロゼにクレイと呼ばれた奴は、銃を俺に向けた状態で歩み寄ってくる。
「こいつらは神の敵!すべては神のご意思です!!」
・・・こいつも、盲目的に神に依存している口だな・・・
「あーびっくりした。」
俺はとくに同様もせず、クレイを見ているとアルフォンスの身体が起き上がる。
クレイはそれに動揺して、俺からアルフォンスに銃を向ける。
チャンス!
俺はそれを見逃すことなく、足元にあったアルフォンスの頭を拾い上げるとそれを思いっきりクレイの後頭部にぶつける。
「あ、僕の頭!」
いい音を立てて、クレイは気絶した。
「ストライク!」
「きゃああああ!!」
ロゼが今頃になって悲鳴を上げた。
反応遅いって・・・
「ど、どうなってるの?首が・・・」
「どうもこうも・・・」
「こういうわけで。」
アルフォンスが鎧の中身を見せる。
なにも入っていない空洞の中身を。
「な、中身が・・・ない・・・」
ロゼはその事実にさらに怯える。
俺はその反応になにも言えない。
「これが・・・神さまの聖域とやらを侵した罰というやつさ。僕も・・・兄さんもね。」
アルフォンスが自分の頭を装着しながら、そう言った。
それは、俺の心にも重く響く言葉だ。
自分達の身勝手で、あんなことをしちまったんだからな。
「い、いやあああああ!!!!」
ロゼはとうとう耐え切れなくなったのか、悲鳴を上げながら逃げていった。
俺とアルフォンスはそれを慌てて追った。
神様の信者には、俺たちはまさに神の敵って奴か・・・
「こんなところがあるなんて聞いてないぞ。」
俺たちはロゼのあとを追って、広い部屋に出た。
窓も何もなく棺みたいなのがあるところからして、一見霊安室にも見えるけど、なんか違う・・・
その部屋の奥でロゼが俯いたまま、そこにいた。
「ロゼ!」
「よくやった、ロゼ。」
俺はロゼに走り寄ろうとしたら、別の奴がロゼに歩みよるのに気がついた。
そいつはこのレト教の教主コーネロ。
「国家錬金術師・・・いつかは来ると思ったよ。」
コーネロはそう言って、俺たちを見る。
その肩には、昼間の奇跡とやらで生き返らせたように見せかけた小鳥を乗せている。
「ペテンで信者を騙しているからか?それとも・・・賢者の石を持っているからか?」
俺はコーネロを睨みながらそう言うと、コーネロは優しそうな教主の顔を脱ぎ捨てて自分の指にある指輪を見せる。
「これのことかね?」
その指輪についているのは・・・俺たちが捜し求めていたもの・・・
「錬成陣も描かず、等価交換も無視した錬成・・・答えは一つしかない!」
「そうだ、伝説の中だけの存在といわれた幻の術法増幅器。―――賢者の石!」
ああ・・・本当に・・・どんなに焦がれたことか・・・!!
「探したぜ・・・単刀直入に言う。賢者の石を渡しな。そうすればあんたのペテンは街の奴らには黙っててやる。」
俺は捜し求めた物を目の前にした興奮を抑えつつ、そう言う。
しかし、コーネロはとくに慌てる様子はない。
「私からこれを奪うのかね?私の奇跡の御業がなくなればこの街はどうなる?なぁ、ロゼ。」
コーネロはそう言いながら、隣にいるロゼに問いかける。
ロゼは肩をぴくんと奮わせる。
やろう・・・!人の心の弱みに付け込みやがって・・・!!!
「ロゼ!そいつはただの三流ペテン師・・・」
「私は内乱で滅びかけたこの街を蘇らせた。水を生み、ワインに変え、建物を作り、人々にカネさえも与えてやった。」
俺の言葉を遮って、コーネロは話す。
「私は神の代理人だ!貴様らはこの街の人々から神を奪うつもりかね?そんなに軍の命令は絶対か?」
自分が本当に神の代理人だと言わんばかりの、恍惚とした表情で。
「軍の命令なんかどうでもいい。」
俺は"おいといて"のポーズで、そう言う。
コーネロはそれに一瞬、呆けるが俺は構わず続けた。
「俺には・・・俺たちにはそれが必要だ!」
「どうして!」
俺が宣言した直後、ロゼが今にも泣きそうな顔をして叫ぶ。
「私達から希望を奪うって解ってて・・・それでも!?」
「ロゼ、僕たちは!」
「無駄だ。」
アルフォンスがロゼに俺たちの事情を話そうとするが、俺はそれを制する。
そんなことを話したところで、事実は変わらないんだ。
「それでは賢者の石を力を見ていただこう!」
コーネロは今がチャンスだとばかりに、賢者の石を掲げると俺たちの床を砂に錬成し、それが盛り上がって俺たちを飲み込もうとしたけど、俺はそれを後ろにジャンプすることでかわした。
「うわああ!」
「アル!」
しまった、アルフォンスのあの鎧の身体じゃ簡単にかわせない!
アルフォンスは砂の下に埋もれてしまい、俺が掘り出そうとしたところコーネロは次の手とばかりになにか仕掛けを使って部屋の横にある檻のようなものを開ける。
そこから出てきたのは、ライオンとなにか爬虫類をを合わせた様な生物。
「賢者の石で、生物同士の合成した・・・」
「そうキメラだ!」
合成獣が今にも俺に襲い掛かってきそうな状況に、俺はとくに怯えも驚きもしなかった。
こんな合成獣なんかよりも、マスターに放り込まれたブリッグズ山の人食い熊の方が何倍も恐ろしいぞ。
しかし・・・
「こりゃ素手でジャレ合うのはきつそうだな、と!」
俺は手を合わせて、地面に両手を付くとそこから槍を錬成する。
「なに!?錬成陣もなしに錬成を!!?」
コーネロが驚いている。
俺はそれを気にすることなく、槍の柄を合成獣のどてっ腹に叩き込んでやる。
遠心力の応用でそれなりの威力もあるから、きついだろう?
合成獣が倒れて、コーネロは次に自分の肩に乗っている鳥を巨大な怪鳥の合成獣にして俺にけしかける。
俺はすかさず槍をかまえて、その合成獣を撃退しようとするが、その鳥合成獣は俺の槍をあっさり鉤爪で掴むと折りやがった。
その直後に、俺の『左足』を掴んできた。
「ははは!どうだ!!」
コーネロは勝ち誇った声でそういうが、運が悪かったな。
「なんてな!」
俺の言葉と共に、鳥合成獣の爪は砕けた。
鳥合成獣はそれで逃げようとしたが・・・
「逃がすかよ!」
俺は思いっきり『右手』で鳥合成獣の顔をぶん殴る!!
鳥合成獣は見事に吹っ飛んで、絶命した。
動物を殺すのは慣れた。
マスターの修行や先生の修行中に、生きるために殺してきた。
俺がそんなことを考えている間に、容赦なく最初に襲ってきたライオン合成獣が俺に飛び掛ってくる。
俺はその合成獣に『右手』を差し出す。
合成獣は俺の『右手』を食いちぎろうとするが、こんな程度の牙と爪じゃ出来るわけねぇよ。
ただコートと服がぼろぼろになるだけだ。
「どうした猫野郎?しっかり味わえよ・・・」
俺はゆっくり持ち上げる。
それとともに、合成獣の身体も持ち上がり、俺は『右手』を振り払った。
同時に、『左足』で合成獣のあごを蹴り上げる。
そのままライオン合成獣は、鳥合成獣のところまで吹っ飛んでいった。
俺はコーネロを睨みつける。
「あの爪でも切り裂けぬ足・・・あの牙でも砕けぬ腕だと・・・!まさか、きさま・・・!!」
コーネロはなにかに気づいたような顔をする。
「ああ・・・そうだ・・・」
俺はさっきのライオン合成獣にボロボロにされた部分を自分で引き千切る。
「ロゼ。よく見ておけ・・・これが人体錬成を・・・神様の領域を侵した咎人の姿だ!!!」
顕になる俺の『右手』
「機械の手足・・・機械鎧・・・!」
ロゼは怯えたような顔で、俺を見る。
「貴様・・・人体錬成を・・・最大の禁忌を犯しおったな!あちら側に・・・身体を持っていかれおった!!」
砂の下からやっと這い上がってきたアルフォンスが俺の隣に並んだ。
「それゆえにこやつの称号は『鋼』!」
鋼の錬金術師!
バリーの事件から数日。
俺とアルフォンスはセントラルの街を歩いている。
前にははしゃいでいるウィンリィ。
俺は隣を歩くアルフォンスを見る。
アルフォンスの両腕には、買わされたお土産が大量にある。
・・・なんでも買ってやるっていうんじゃなかった・・・
錬金術師は魔法使い!?
『Silver Watch of the Dog of the Military』
俺とアルフォンスは汽車に揺られている。
まわりには客が一人もいない。
なんでこうなったのかと言うと・・・
ぶっちゃけ、仕事。軍の命令。
マスタング中佐の命令で、東の終わりの町と言われる炭鉱の町・ユースウェル炭鉱に視察に行くんだ。
あと、採掘資源の調査も含まれている。
それにしても、ウィンリィの土産代がすっげー逝ったな・・・
いくら研究費用が入って、それなりに金持ちになったからってあれは買いすぎだ。
「まるで貸切みたいだね。」
「・・・・・・・・」
アルフォンスがそう言うが、俺はなにも言えなかった。
「汽車の旅っていいよね。歩かなくて、座ってるだけで目的地に着くんだもの。」
アルの奴、俺に気を使ってるな。
「アル。これは軍の狗になった俺の仕事だ。お前までついて来ることはなかったんだぞ?」
俺が窓の外を見ながらそう言うと、アルフォンスは悲しげな声を出した。
「またそんなこと言って・・・僕は兄さんと一緒だよ。兄さんがリゼンブールに帰らないなら、僕も帰らない。帰るときは一緒だよ。」
俺はユースウェルに向かう前に、ウィンリィに帰らないと宣言した。
アルフォンスはそのことを言ってるんだ。
「そうだな・・・」
俺はアルフォンスに心から感謝した。
活気がねぇ・・・
俺が街について一番最初に思った感想がこれである。
みんな下を向いて、疲れきった顔だ。
アルフォンスも俺と同じ意見みたいで、辺りを見ている。
「とくに見るところもなさそうだし、はやく調査して帰ろう。」
ドガンッ
俺がアルフォンスにそう言って歩こうとしたとき、俺の後頭部になにかがぶつけられた。
「兄さん!」
「おっと、ごめんよ。」
俺は痛みにその場に蹲る。
つーか、マジいてぇ・・・
俺は犯人を見ると、それは俺より年下の子供だった。
大人の炭鉱夫と同じ格好をして、角材を持ってる。
そいつは俺たちの姿を見ると目を輝かせた。
「お!!なに、旅行者?どっから来たの?飯は?宿は決まってる?」
そして次々とまくし立ててくる。
「なんだ、おまえ――」
「親父、客だよー!」
俺が訝しげにしていると、そいつは高所にいる炭鉱夫を大声で呼んだ。
「あー?なんだって、カヤル?」
どうやら親子みたいだ。
「客だよ、客!カネヅル!!」
「「カネヅル!?」」
俺とアルフォンスは同時に顔を見合わせた。
炭鉱夫はヘルメットを取り、にやりと笑った。
「よく来たな。俺が宿屋の主人、ホーリングだ。」
その夜、俺たちはホーリングさんの案内で宿屋についた。
けっこう大きな宿で、酒場みたいなところでは、他の炭鉱夫が酒やカードでくつろいでいた。
「いやぁ、ホコリっぽいとこですまねーな。」
ホーリングさんはビールのジョッキを両手にもってそう言った。
「炭鉱の給料が少なくて、この店と二束のワラジってわけよ。」
そう言ってホーリングさんは豪快に笑った。
俺は女将さんに宿泊を告げて、記帳してもらいながら苦笑した。
「宿代はおいくらですか?」
アルフォンスがそう聞いた。
「たけぇぞぉ?」
うっなんか嫌な予感が・・・
「ご・・・ご心配なく。カネなら結構持ってるから。」
俺はホーリングさんや他の人たちの様子にひきつつもそう言った。
そうだよな・・・国家錬金術師になったし、カネの心配はそんなにしなくても・・・
俺がそう考えていると、ホーリングさんはあっさりその金額を言った。
「20万だ。」
「「20万!?」」
俺が考えていた金額よりも一桁多いじゃねぇか!?
「ばかも休み休み言えよ、おっさん!たかが宿代になんで20万も!!?」
俺がそう喚いても、ホーリングさんたちには効果なし。
「ウチはこれでもユースウェルで一番の高級宿屋だからな。」
「それにどこに行ってもこの値段だよ!」
俺が別の宿を探そうと考える間もなく、カヤルが早口にそう言った。
くっ逃げ道なしか!
「久しぶりの客だ、たっぷり金を落としていってもらわねーとな!」
俺とアルフォンスは隅でしゃがみながら、財布の中を見る。
「う・・・足らない・・・」
「ウィンリィにお土産いっぱい買わされたしね・・・」
金がないなら・・・
俺は宿代が足りない分、宿の道具やつるはしを修理することで補おうとしてたんだけど、俺が国家錬金術師だと解った途端宿から蹴りだされちまった。
「軍の狗にくれてやるような飯も寝床もないわ!」
「なにぃ!?」
ホーリングさんはそう言うと、今度はアルフォンスのほうを見る。
「おまえも軍人か!?」
「あ、いえ僕は・・・」
「!そいつは軍とは関係ない!汽車で一緒になっただけだ!!」
俺はアルフォンスがなにか言う前に、そう言った。
アルフォンスまで蹴りだされる必要ないんだ。
俺がそう言ったことで、アルフォンスはなんとか宿に置いてもらえることができた。
あとは、アルフォンスが余計なことを言わなければ、追い出される心配もない。
俺は荷物を持つと、どこか休める軒先を探して歩き出した。
「はらへったなぁ・・・」
なんとか休める場所を探せたけど、なんにも食えなかったからさっきから腹が減ってしょうがねぇ・・・
俺は喉だけでも潤そうと魔法で水を出そうとしたところ、アルフォンスが飲み物と食い物が載ったトレイを持ってきてくれた。
「僕は食べられないから・・・」
「アル・・・ありがとな。」
俺はアルフォンスに出されたと思われるそれに口をつけていると、アルフォンスがぼそりと呟いた。
「軍人って嫌われているね。」
「ま、覚悟してたけどな。」
しかし・・・まさか蹴りだされるなんて思わなかったな。
「僕もやっぱり国家資格取ろうかな?」
「やめとけ。」
アルフォンスの言葉に俺はすぐに反対した。
「こんな目にあうのは俺一人で充分だ。それに・・・自分の目的のために軍の狗になったのは本当だしな。」
俺はそう言って、苦笑した。
「兄さん・・・」
必ずアルフォンスの身体をもとに戻すんだ。
そのために、もっと錬金術も魔法も鍛えとかなきゃな。
賢者の石で補助しても、実力不足だったら笑えねぇし。
「おどきなさい!」
俺がそこまで考えていると、ホーリングさんの宿のほうで、そんな声が聞こえてきた。
俺とアルフォンスは宿の様子を見ようとこっそり窓から中を覗いた。
宿の中にいるのは、軍人が3人と若い女が一人。
おっと・・・軍人の中の一番小さいおっさんは中尉か・・・
俺はすばやく中の人間を服装や襟章で把握すると、なにやら中で言い争いの声が聞こえる。
纏めてみると、税金の滞納について・・・中尉のほうは給料を安くして税を高くしている。
そのせいで、町の人間は税を納めることができない。
それじゃ滞納して当たり前じゃねぇか。
俺はため息を吐くと、どうしたもんかと考える。
炭鉱夫の一人が、我慢できなかったのか、中尉に殴りかかるが、若い女が前に出ると風と紅い光が弾けて、炭鉱夫を吹っ飛ばした。
そのとき、カヤルが持っていた雑巾を中尉の顔に投げつけた。
それが見事にHIT!
あいついい腕してるな。
カヤルの行動に、軍人たちは怒りを顕にした。
見せしめだと言って、剣を引き抜く。
おい、まさかあんな子供を!?
俺は考えるよりも速く、カヤルの前に立ちふさがると、機械鎧の腕で剣を受け止める。
剣は金属同士がぶつかる独特の音を響かせながら、折れた。
「な、なんだおまえは!?」
「中尉さんが来てるっていうから、ちょっと挨拶しておこうかなと思って。」
俺はそう言いながら、銀時計を見せる。
国家錬金術師は少佐相当官の地位を持ってるからな。
案の定、中尉は驚いている。
「大変失礼しました。私、この街を治めるヨキ中尉と申します。」
俺が国家錬金術師だとわかると、ヨキはいきなり下手に出やがった。
いやだな・・・こういう奴は・・・
「このような田舎町にわざわざおいで頂くとは、なんのご用でしょう。」
手のひらでゴマをするこいつに、俺は嫌悪感を感じながらもそれを顔に出さないようにした。
「ちょっと視察に来ただけだ。」
「視察!?なんと、それならばご連絡いただければ迎えをよこしましたのに。長旅でお疲れでしょう、ささ、私の屋敷までおいでください。」
よく回る口だな・・・
俺は部下に車を回させているヨキに若干呆れながらも、宿を出て行く。
「軍の狗め・・・!」
「・・・・・・・・・・・」
出て行くとき、ホーリングさんが苦々しく呟いたのが聞こえてきた。
俺はなにも言えなかった。
俺はヨキの屋敷に呼ばれて、そこで食事をしている。
さっき錬金術で炭鉱夫をふっ飛ばしていたライラという娘が、メイド姿で給仕している。
こいつ、国家に尽くす立派な国家錬金術師になりたいとか言うけど、軍の狗がどういうものか解っているのか?
出されたものは、上流階級の貴族が食べるような豪華なものだ。
まるでこの屋敷と町は別世界に見えちまう。
「良いものを食べているね。街はあんな状態なのに。」
「いや、お恥ずかしい。税を徴収もままならず困っておりますよ。おまけに先ほどのような野蛮な住民も多く・・・ははは。」
なんかムカムカしてくる・・・それ以上口を開くな!
「納税の義務を怠りながら、権利ばかり主張しているってことか。」
「おお、流石エドワード殿は話がわかる方だ。」
「この世の理は、全て錬金術の基本、等価交換であらわすことができるからね。義務あっての権利・・・だろ?」
俺はそう言うが、口で言うほどこの世の理が等価交換だとは思っていない。
俺が生粋の錬金術師だったら、心からそう思うかもしれないけど、俺は錬金術師で魔導師。
だからか、等価交換の法則を心から信じられない。
俺の言葉にヨキはまるで演説を聞いたように褒めてくる。
そして、俺の前に巾着を乗せたトレイが差し出された。
「ほんの気持ちです。どうぞお受け取りを。」
・・・マスター、こいつにギガ・スレイブ(重破斬)ぶち込む許可を今すぐください・・・
俺は今、どこでなにをやっているか解らないマスターに、心からそう願った。
俺は引きつりそうになる顔を必死に押し隠す。
「これはいわゆる・・・賄賂というやつか?」
こいつが高官政府に賄賂を送って、今の地位を手に入れたって話は本当みたいだな。
俺は目を細めて、ヨキを見る。
「そんな見も蓋もない。あえて言うなら、等価交換ですよ。」
思ってもいないことを・・・!
「なにとぞ、視察の件をよしなに・・・」
「・・・考えとくよ。」
俺はかろうじて、そう言った。
俺は与えられた一室に入ると、壁を殴りつけた。
すごく腹が立つ。
親父に感じている腹立たしさとは、また違う苛立ちをあいつから感じた。
あー・・・うまく言えないけど、生理的嫌悪?みたいなもんか?
俺は、気持ちを落ち着けようと水差しを傾けるが、水が一滴も出ない・・・
「~~~・・・人を持て成すなら、もうちょっと気配りくらいしろっての。」
俺は水差しを両手に持つと、魔力を練り上げる。
「・・・アクア・クリエイト(浄結水)」
俺が魔法を使ったと同時に、水差しに水が満ちていく。
この魔法。修行時代にアルフォンスに内緒で結構使っていたから得意なんだよな。
俺は水差しに満ちた水をコップに注ぐと、それを一気に飲み干した。
そして、気分を落ち着けると窓から街の様子を眺める。
アルフォンス大丈夫かな?
ホーリングさんたちと喧嘩・・・はしないか。
俺はそう考えて、タリスマンの紅い宝石に自分の顔を映す。
アルフォンスは、俺の魔法を知らない。教えていない。
最初は幼心から、びっくりさせてやろうと思って内緒にしていた。
でも、成長するにつれて知識も増えて、この力はこの世界には存在しないことを知った。
学べば、多かれ少なかれ大抵の人間が使える力でも、この世界でその技術を持つのは、マスターだけ。
そして・・・知られれば・・・軍に知られたら・・・
錬金術だって誤魔化しが聞くのは、錬金術を知らない人間だけ。
術師のアルフォンスには、通用しないいい訳だ。
それに・・・異端の力は拒絶されやすい。
もしアルフォンスに拒絶されたら・・・
そう思うと、アルフォンスに教えることが出来なかった。
もしも、他の奴に俺の考えが知ったら「魔法を捨てろ。」って言われるかもしれないな。
それでも、俺は魔法を捨てない。
この力で出来ることがあるなら・・・俺はこの力も高めていく。
ドーン・・・・
俺が考え事をしていたら、街中のほうでなにかが爆発したような音が聞こえた。
俺は窓を開けて、外を見るとホーリングさんの宿の方角に爆煙が見える。
「!?アル・・・」
俺は窓に足を掛けると同時にレビテーションで、翔んだ。
今は真夜中で月もそんなに明るくない。
見られる心配は、ないはずだ。
俺はアルフォンスの身を案じながら、ユースウェルの街を滑るように飛んでいった。
俺は宿に向かう途中、屋敷に向かって走っている軍人たちを見た。
その中には、あのライラも一緒だ。
なんであいつらあんなとろこに・・・
俺は、ライラたちを追おうかとも考えたが、今はアルフォンスのことが心配だ。
俺はライラたちのことを頭から振り払って、宿に向かった。
宿は炎上しており、俺はその炎で姿を見られたらまずいと思って近くの屋根に降りる。
アルフォンスは・・・いた!
ホーリングさんたちと一緒に外にいる。
俺はそれに少し安堵して、今だ燃え続けている宿を見る。
「本当はこんなことをする義理はない。・・・だけど、ほっとくこともできないな。」
俺はそう呟くと、魔力を集中させる。
さっきよりも、強く高密度に・・・
「・・・エクスト・ボール(消化弾)!」
俺の放った魔法は、あっという間に宿の火事を鎮めた。
けど、消火が遅かったのか宿のほとんどが焼け落ちている。
「なんだ、今のは?」
「火があっという間に、消えちまったぞ!?」
やべっ!俺がここにいるのがバレたら、ややこしいことになっちまう。
俺は見つかる前に、レビテーションで飛び立つと、屋敷のほうに戻っていった。
明日の朝、もう一度行ってみるか。
屋敷で少し休んで空が白み始めた頃、俺はホーリングさんの焼け跡に向かった。
ホーリングさんは俺のほうを見ずに、焼け跡を見ている。
女将さんは焼け残った看板を胸に抱いて泣いている。
「あいつらか?」
「うん・・・」
そこにカヤルが俺のところに来た。
「なぁ、あんた凄腕の錬金術師なんだろ?・・・金を錬成してくれよ!金を錬成して親父を・・・この街を救ってくれよ。」
そうやってカヤルは俺に縋ってくる。
俺がここで金を錬成するのは簡単だ。
だが・・・
「金の錬成は重罪だ。それにバレないとしても、すぐに税金に取り上げられる。その場しのぎで使われても、困るんだ。」
俺がそう言うと、カヤルは何も反論できないのか、俯いて唇を噛んでいる。
「そんなに困っているなら、この街を出て、違う職を探したらどうだ?」
そうしたら、少なくともヨキからは解放される。
「小僧。おまえにゃ、わからんだろうがな・・・ここが俺たちの家で棺おけよ。」
俺の言葉にホーリングさんは女将さんを支えて言った。
「・・・ここが家で棺おけか・・・」
俺はその言葉をかみ締めるように呟くと、アルフォンスを連れてその場を立ち去った。
俺とアルフォンスは、くず石が大量に積み込まれているトロッコの前に立つ。
「アル。俺たちは自分で家を焼いた。」
思い出すのは、燃えていく自分の家。
「もう帰るところはないし、俺はそれでいいと思っている。」
俺はアルフォンスの返事を待たずに、トロッコの上に乗ると、ヨキから渡された金貨をくず石の上にばら撒いた。
「だけど・・・帰る場所がある奴は、それを大事にしないとな!」
「兄さん・・・」
俺は手を合わせると、くず石と金貨を錬成する。
その錬成反応が、俺の視界いっぱいに広がっていった。
「炭鉱を買い取りたいですと!?」
ところ変ってヨキの屋敷。
「えぇ。鉱山から販売ルートまで全部ひっくるめて欲しいんだけど。」
俺はことさら笑顔でそう言った。
「いや、いくら国家錬金術師の頼みとあっても、そればかりは・・・」
ちっやっぱり渋ってくるか。
「そう?残念だなぁ・・・折角お金用意してきたのに・・・」
俺が残念そうに言うと同時に、アルフォンスが扉を開けた。
それと同時に眩いばかりの金塊の山が、見える。
さっき俺が錬成した金塊だ。
「こ、これは全部・・・金!?」
ヨキが目をギラギラさせて金塊に歩み寄る。
やっぱり、こいつは好きになれそうにないな。
「調査したらこの鉱山には、錬金術の研究に使う珍しい元素が眠っててね。人に渡したくないんだ。これじゃ足りない?」
俺がそう言うと、ヨキは首を横に振って否定する。
それでも建前上、軍から任されてる炭鉱を売って自分の利益にするのは、躊躇があるようだ。
「それなら、炭鉱の全権を無料で譲り渡す、と念書を書いてください。そうすれば、これは全部あなたのものですよ。ヨキ中尉。」
ヨキは完全に、金塊の虜になっているのを、俺は確かに感じた。
「はーいみなさん、シケた面下げてご機嫌麗しゅう!」
俺はホーリングさんたちが集まっている倉庫の扉を開けながら、そう言った。
案の定、みんな俺を睨んでる。
視線で人が殺せるなら、この時点で俺は死んでると言えるほどに。
「・・・何しに来たんだ?」
カヤルがそう聞いてきて、俺はおどけたように振舞う。
「あらら、ここの経営者むかってその言い草はないんじゃないの?」
「経営者!?なにをばかな・・・!!?」
俺は全部言わせないように、炭鉱の権利書を突きつける。
「この炭鉱の採掘、販売、運営、その他全ての権利書だ。」
俺の言葉に、みんな息を呑む。
「すなわち今現在。この炭鉱は俺の物ってことだ!」
「!!!」
ふふん、みんな驚いてる。
「とは言ったものの・・・俺はセントラルに帰らなきゃならないし、どうしようかな~?」
ホーリングさんは、俺の意図に気づいたようだ。
「それを俺たちに売りつけようってのか?」
「高いよ?」
俺はにやりと笑ってみる。
こういうの案外楽しいな。
「何かを得ようというなら、それなりの代価を支払ってもらわないとね。」
「・・・くっ」
「なんせこの権利書は、高級羊皮紙を使っている上に金の箔押しだ。」
「は?」
俺の言葉にみんな目が点になる。
俺はそれに気づかない振りをしながら、続ける。
「さらに箱には翡翠を細かく砕いたもので、さりげなくかつ豪華にデザインされている。うーん、こいつは職人技だねぇ。おっと、鍵は純銀製か―――」
俺はきょとんとしているみんなを見ながら、値段を言った。
「ざっと見積もって・・・20万!」
「20万!!!?」
「権利書が・・・たったの20万!?」
「あ、そう言えばホーリングさんの宿が20万だっけ。一泊してチャラってどう?」
俺の言葉にみんな戸惑っているが、カヤルが残念そうに俯く。
「そんな事言っても、店はもう・・・」
それなら心配ご無用!
「あれ?それじゃ、あれはなんだい?」
俺はそう言って、扉の外を指差す。
そこには、焼けたはずのホーリングさんの宿が前より少し立派になってたたずんでいた・・・って、俺が錬成したんだけどな。
みんなで宿の前に行くと、俺はホーリングさんに炭鉱の権利書を渡す。
「宿代、これで足りる?」
「あ、ああ!」
俺は笑って権利書を渡した。
「エドワード殿~~!!」
そこにヨキが血相を変えて来た。
「エドワード殿、あなたに頂いた金塊が全部石くれになってしまったのですぞ!どういうことですか!」
「金塊?さて、何の話ですか?」
俺はとぼけると、ヨキは怒りを顕にする。
「とぼけないでください!金塊の山と権利書を交換したでありませんか!」
俺は慌てずにヨキに書かせた念書を見せる。
実は、ヨキに念書を書かせている間に金塊を元に戻して、あとはイリュージョン(夢幻覚)で幻覚を見せていたんだよな。
そんで、あとは頃合を見計らって魔法を解いたってわけ。
「あれ?権利書は無償で譲り受けたんじゃありませんか?ほら、念書もありますし。」
「な!?これは詐欺だ!ライラ!」
ヨキは後ろに控えていたライラに呼びかけると、ライラは錬成陣のペンダントに手を翳す。
げっここじゃ、みんな巻き添え食っちまう!
俺はホーリングさんたちから離れると、ライラの大気を凝縮した弾が俺目掛けて飛んでくる。
俺はそれを紙一重で避ける。
「『錬金術師よ、大衆のためにあれ』。私利私欲で錬金術を使うのは、感心しねーな!」
「あなた国家錬金術師でしょ?なぜ軍のすることに逆らうの?」
盲目的に国家に傾倒してやがる。
俺はライラが次の弾を錬成する前に、機械鎧を甲剣に錬成してライラのペンダントを切った。
ペンダントがライラの手の届かないところにあることを確認して、俺は機械鎧を元に戻し、きっぱり言った。
「悪いが、魂まで売った覚えはないね。」
その後は、ヨキが部下を使って権利書を取り返そうとしたけど、ホーリングさんたちに返り討ちにあった。
こうして、俺の初任務は終わった。
なんだかんだと、長いようで短い任務だったな。
そしてこのことがきっかけで、俺たちの名前は東を中心に広がりはじめた。
民衆に味方する軍の狗がいるってな。
錬金術師は魔法使い!?
『Philosopher's Stone』
「・・・ホーリー・レザスト・・・ホーリー・レザスト・・・」
マスターから知識はあるだけでも良いと言われて、黒魔法、白魔法、精霊魔法の他に神聖魔法や音声魔法も学んだ。
全部を使えるわけじゃないけど、それでも俺は唱えずにいられなかった。
神聖魔法ホーリー・レザスト・・・彷徨う魂を浄化し、あの世に導く魔法。
黒魔法が得意な俺に、神聖魔法なんて仕えないのは解りきっていることだけど。
俺にニーナを蘇らせる力なんてないから、せめて・・・ニーナの魂が彷徨うことがないように・・・
俺の近くを行ったり来たりしている人には、俺が意味不明なことを呟いているようにしか聞こえていないだろう。
すぐ後ろにいるアルフォンスも、俺が呟いていることがわからなくて手をこまねいているようだ。
「・・・兄さん、中佐が・・・兄さん・・・」
アルフォンスが俺に呼びかけてくる。
それでも俺はカオス・ワーズを唱えるのをやめなかった。
「一度生命を失った生物を再構成することは不可能だ、どんな錬金術師にもな。」
マスタング中佐は、俺たちの少し離れた場所から、雨に濡れることも構わずそう言った。
そんなの解ってる・・・母さんを錬成しようとしたときに、俺たちはすでにそれを理解しているんだ。
それでも、せめて冥福を祈ることぐらいはいいんじゃないのか?
「お前達が選んだ道の先にはこれ以上の苦難と苦悩が待ち構えているだろう。なら、無理やり納得してでも進むしかない。」
解ってる・・・俺たちがやろうとしていることは、もしかしたら更なる禁忌の扉を開く可能性があることも。
他にも、マスタング中佐にいろいろ言われたけど、調査部の人たちが来て俺たちはそこから離れるしかなかった。
あれから数日。
俺とアルフォンスはタッカー邸の玄関前にいた。
マスタング中佐の命令でハボック少尉と待ち合わせしているんだ。
俺は少尉を待ちながら自分の両手にあるタリスマンを見た。
血のように紅い宝石。
マスターはこれをデモン・ブラッドって言ってたっけ。
これをつけて魔法を使えば、いつもより魔法の制御が楽にできるし、威力も上がる。
ブーストの魔法を使えば、さらに上がる。
だけど俺はこの石の構成を知らない。
ルビーみたいな宝石かと思ったけど、鉱石じゃないし・・・もっと別のなにか・・・
俺があれこれ考えていると、ハボック少尉が門のところにいた。
「ひどい顔色だな。」
ハボック少尉が俺の顔を見ながらそう言った。
「・・・なんだかいっぱいいっぱいでさ・・・あれこれ迷うのはもうやめたつもりだったのに・・・」
本当に・・・試験に合格したときに決意したはずだったのにな・・・
そうこうして、俺たちはハボック少尉の案内の下、タッカーの研究室についた。
室内には、タッカーが錬成した合成獣や研究資料があちことに乱雑に散らばっていた。
俺にこれを見せるってことは・・・
「俺に・・・タッカーの研究を引き継げってことなのか?」
俺はハボック少尉のほうを見ずにそう聞いた。
「タッカーの思想は間違っていたが、その研究は軍にとって有益な部分もあった。」
「だったら・・・タッカーにやらせればいいだろ!?」
俺は思わずそう叫んだ。
しかし、ハボック少尉の答えは・・・
「タッカーは死んだ。」
淡々と語るハボック少尉。
「彼の罪状は明らかだということで、上部の一存で処刑が執行されたそうだ。」
俺はなにも言えなかった。
少し時間が経過して、俺とアルフォンスはまだタッカーの研究室にいた。
俺はとくになにもせず、ただぼんやりと合成獣たちを見て、アルフォンスは研究所を整理していた。
あいつ・・・几帳面だからな。
「へぇ、タッカーさん、賢者の石についても研究していたみたいだね。」
アルフォンスが一つの研究書をを手にそう呟いた。
賢者の石?たしか伝説の術法増幅器だっけ?
・・・なんか俺のタリスマンみたいだな・・・
俺はぼんやりとそう思った。
頭の片隅には、ニーナをあんな風にした犯人を殺してやりたいって気持ちがあるが、俺はそれを必死に抑える。
「・・・俺、ちょっと出る・・・」
このままここにいても埒があかないと、俺は思って研究室から出る。
後ろのほうから、アルフォンスが俺を呼んでいるが、今はこの気持ちを抑えないとそこら中に魔法をぶっ放しそうで怖いんだ。
だからごめんな、アルフォンス。
俺はイライラして町を歩く。
マスタング中佐に連続殺人犯の調査の許可を貰うつもりだったが、あっさり却下された。
俺が独自でするって言ったら、銀時計は置いていけだと!?
俺は中佐のお望みどおり銀時計は叩きつけて、出て行った。
俺は一人でニーナが分解された場所の近くをうろついていたら、角のところで人にぶつかってしまった。
「あ、すみません!」
俺が急いで謝ると、その人は以前第一分館に入ろうとした男だと気づいた。
顔に大きな×印の傷なんて、そうそう忘れるものじゃない。
「おまえは・・・」
向こうも俺のことを覚えていたみたいだ。
「第一分館を出入りできていたからには、お前も国家錬金術師なのか?」
この男は国家錬金術師に恨みがあるのか、俺を冷たい目で見てくる。
「・・・あのときはね。今は違う。」
俺は俯いてそう言うと、男の雰囲気が柔らかくなったのを感じた。
「そうか、そうほうがいい。」
「そうだな、俺も、そう思う・・・じゃあ」
俺はそれだけ言ってその場から走り去った。
昼時。
俺は軍の食堂で、調査部から借りた殺人鬼分析を広げながら昼食を食べる。
いったい、誰がニーナを殺したんだ・・・!!
俺がそれを読んでいると、ヒューズ少佐が娘の写真を俺の前に見せびらかす。
「邪魔しないでくれよ、おっさん。」
俺はヒューズ少佐の手をどける。
「そんな言い方はなかろう?調査部持ち出し厳禁の、殺人鬼分析を見せてあげているのに。」
「奥さんの出産のことで、貸しがある。」
俺は冷静にそう突っ込んだ。
ヒューズ少佐はそれに苦笑した。
「まあな。とにかくお手上げだ。街中の犯行なのに、いずれも目撃者はいない。肢体は派手に切り裂かれていて、とても短時間でやられたとは思えないにもかかわらず、だ。」
俺は以前見た被害者の遺体を思い出して、歯の奥を噛み締めた。
「・・・他で殺して死体を運んできたんじゃ?死後何時間ぐらい経っていた?」
俺がそう言うと、ヒューズ少佐は難しい顔をする。
「検死でもそのへんハッキリしないことがおおくてな。だが軍と警察で街に入る車はトランクまで開けて調べている。車で運んできたとは・・・」
俺は分析書を読みながら、必死になにか手がかりを探す。
「・・・何か盲点があるはずだ。死体を隠せる車とか・・・」
「それとも錬金術師か。」
「錬金術師は人殺しじゃない!」
俺はヒューズ少佐の言葉に激昂して、声を荒げた。
そこに若い軍人が俺を呼びに来た。
俺に面会の奴が来ているみたいだ。
俺がその若い軍人に連れられて、司令部本館前に来ると、誰もいなかった。
「おかしいな、そこで待っているように言ったんですけどね。」
その軍人はあたりをキョロキョロ見るが、俺は地面にある車の急発進した跡と一つのネジを見つけた。
俺はそのネジを拾ってみてみると、それは俺の機械鎧と同じネジだった。
このネジから、俺は自分の面会人を推測する。
セントラルに軍人以外で知り合いなんていない。
だとしたら、リゼンブールの誰かだ。
しかも俺の機械鎧と同じネジなんて、あいつしか考えられねぇ!
「ウィンリィ・・・あいつか!」
俺はすぐさま若い軍人のほうを見る。
「おい!ここに車が止まっていなかったか!?」
「・・・えーと、そういえば、食堂に出入りしている業者の冷蔵車ですね。」
「冷蔵車?」
その瞬間、俺の中で全て繋がった。
俺は軍人が止めるのも聞かずに、街のほうへ走っていった。
そして見つけた一軒のフードショップ。
「バリーズ・フードショップ」と看板が下げられている冷凍倉庫に俺は脚を踏み入れた。
中は冷気が漂っていて、売り物らしい幾つもの大量の肉が吊り下げられていた。
ここで被害者を殺し、死骸を冷やして運べば、犯行時間は推定しにくくなる。
それに軍を出入りしている業者なら、捜査状況も探れる。
おまけに食品の詰まったコンテナなら、検問で奥まで調べやしないな・・・
俺はそう考えながら、倉庫内を歩く。
ちきしょう・・・ファイアー・ボールで一気にやりてーけど、ウィンリィがいたら洒落にならねぇしな。
そうしていたら、隅のほうで蹲っている女がいた。
俺が走り寄ると、女は怯えた様子だった。
「・・・あんたもさらわれたのか?」
俺がそう聞くと、女はなにも言わず頷いた。
「ほかには?」
「・・・・・・あっちに、女の子が一人・・・」
ウィンリィか!?
俺はその女にそこにいるように言って、女が指差したほうに走ろうとした瞬間、後頭部を殴られた。
俺はその衝撃で、意識が遠くなるのを感じた。
俺はなにか機械が動く音に、意識が浮上した。
俺はイスに鎖で縛られていて、目の前には怯えていた女が包丁をグライダーで研いでいた。
俺は自分の身体を見ると、右腕の機械鎧が切断されていた。
「!?」
「おや?目覚めたのかい?」
俺が自分の現状に驚いていると、女はやけに低い声で言った。
そして自分の髪を引っ張る。
「まさか・・・男!?」
女の髪はカツラだったみたいで、それを取れば完璧に男だとわかった。
「エド!」
ウィンリィの声が聞こえて、俺がそっちを向けば、ウィンリィは両手を鎖で縛られて、他の肉と一緒に吊り上げられていた。
「ウィンリィ!おまえやっぱり・・・」
やっぱり捕まってたのか。
「あんた、錬成陣もなしに錬成するらしいからね。念のため、これは外させてもらったよ。」
そう言って、男は俺の機械鎧を持ち上げる。
そのまま切断したのか、タリスマンが付いた状態だ。
俺はなんとか身を捩って、鎖を外そうとするがそれだけではずれるわけがない。
俺はポケットの中にある拾ったネジをなんとか手にすると、それで鎖に小さい錬成陣を書く。
見えないから、時間かかりそうだ。
「俺はバリー。いまこの子を芸術的に分解してみせるから、見ていてくれよ。国家錬金術師さん。」
男は楽しそうにそう言った。
歪んだ・・・狂った笑顔。
その笑顔が、タッカーの笑顔と重なる。
「・・・やめろ!」
俺は腹の底から響くような声音でそう言った。
「そうよ!ふざけないで!!」
ウィンリィも気丈にバリーと名乗った男を睨みながらそう言った。
バリーは俺たちの様子が心底わからないといった感じで、肩をすくめた。
「最初に殺したのは女房だ。つまらない喧嘩でね、やっちゃった。でもあんまり綺麗にスッパリ切れてねぇ・・・それから・・・もっともっと綺麗に切りたいと思うようになったんだ。それもみんなに見てもらいたいってね。」
バリーはその瞬間を思い出しているのか、顔は愉悦に歪んでいる。
そして俺のほうへ近づいてくる。
「そんなことで、人が、人を殺せるわけがない。」
「殺せるよ。」
バリーはあっさり言った。
それと同時に、俺の肩が包丁で切られる。
「うわああ!」
「やめろ、ばか!!」
俺の血が滴って、地面に落ちていく。
これが・・・これが、殺されるってことなのか?
俺は完成した錬成陣に手を当てると、無我夢中に鎖を棍に錬成する。
俺は恐怖のあまり、這い蹲りながらもバリーから離れていって、その手には錬成した根を持って。
立ち上がるとウィンリィのもとに走った。
ウィンリィの鎖を解こうとするが、それより速くバリーがこちらに向かってくる。
俺は一度ウィンリィから離れると、切断された俺の機械鎧を拾い上げた。
そして、無理やりくっつけた。
「うあああ!!!」
その瞬間、神経が悲鳴を上げる。
俺はそれに耐えて、バリーのほうに向き直る。
「だめだよ抵抗しちゃ・・・綺麗に解体できないだろ!?」
バリーはそういうと同時に包丁を振り下ろす。
何度も何度も、俺はそれを根と刃に錬成した機械鎧で防ぐ。
怖い・・・
「くっ・・・黄昏よりも・・・昏きもの・・・」
これが・・・これが本物の狂気ってやつなのか?
「・・・血の流れよりも・・・紅きもの・・・」
ガンッ ガンッ ザシュッ ガンッ
「・・・時の流れより・・・埋もれし・・・偉大なる汝の名において・・・」
声が聞こえる・・・
「我ここに・・・闇に誓わん・・・」
聞いたことのある言葉の羅列・・・これはカオス・ワーズ?
「・・・我らが前に・・・立ち塞がりし・・・」
俺が・・・唱えているのか?
「・・・すべての・・・愚かなるものに・・・」
俺は一体、なんのカオス・ワーズを唱えてるんだ・・・!?
「なんのおまじないだい!?」
バリーが一気にトドメをさそうとして、包丁を一気に振り下ろしてくる。
俺はそれを機械鎧の刃で弾いた。
「我と汝が力もて―――」
バリーが一気にトドメをさそうとして、包丁を一気に振り下ろしてくる。
俺はそれを機械鎧の刃で弾いた。
それとともに、体制を崩したバリーに俺は刃を振り下ろそうとした。
「だめだ、兄さん!」
肩を掴まれて、俺は振り向きながらそいつを切りつけた。
鈍い音がして、刃は弾かれた。
そこにいたのは・・・アルフォンス?
俺の動きが止まったと同時に、ヒューズ少佐が小隊を率いて突入してきた。
俺はただ呆然とアルフォンスを見上げる。
「・・・それじゃ死ねないんだ、僕は。」
「アル・・・」
「兄さん・・・ひどい怪我だ、痛い?」
「・・・怖かった・・・怖かったよ・・・アル~・・・」
俺が怖かったのは、俺がバリーに殺されそうになったときに唱えていたカオス・ワーズだ。
あれは・・・あのカオス・ワーズはドラグ・スレイブ(竜破斬)だった。
なんで俺はあのカオス・ワーズを唱えていたのか解らなかった。
ただ怖くて、必死に唱えていた。
あれが発動しなくてよかった・・・もし発動されていたらバリーだけじゃなく、ウィンリィもこの付近一帯の人たちも死んでた。
もし・・・アルフォンスが少しでも遅かったら・・・本当に、最後のカオス・ワーズのとおり・・・全部なくなっていた。
黒魔法最強呪文の一つ。
もっと小規模の魔法もあったはずなのに、なんで俺はそれを唱えていたのか解らなかった。
アルフォンスは俺の背中に手を回して、抱きしめる。
「大丈夫だよ、兄さん。兄さんもウィンリィも助かったんだよ・・・」
アルフォンスはそう言って、俺を慰めてくれるが、俺はアルフォンスにしがみついてただ泣いた。
この事件は後にバリー・ザ・チョッパーとして有名になった。
バリーはニーナが殺されたあの日、アリバイがあることから、ニーナを殺した犯人じゃなかった。
倉庫の外で、毛布にくるまりながらも俺はまだ震えていた。
バリーのことと、自分への恐怖がまだ抜けきれない。
「兄さん・・・賢者の石は・・・本当にあるかもしれない。」
唐突に、アルフォンスがそう言った。
俺はそれになにも言わず、黙った聞いた。
「でもそれを探すには、国家錬金術師の資格がどうしても必要なんだ。」
アルフォンスは自分の鎧の手をじっと見る。
「肉体がない僕は・・・殺されると思った兄さんの恐怖も実感できない・・・それはやっぱりさびしいし・・・辛い・・・兄さん・・・僕はやっぱり元の身体に・・・人間に戻りたい。賢者の石を見つけて・・・たとえそれが世の流れに逆らう・・・どうにもならないことだとしても・・・」
そこから長い沈黙が俺たちの間を支配した。
賢者の石・・・それがあれば、等価交換の大部分を補助出来る。
アルフォンスを元に戻せる・・・?
しばらくして、次は俺が口を開いた。
「殺されそうになってわかった。俺はただ悲鳴を上げるしかなかった。怖かった・・・頭の中が真っ白になって・・・」
ドラグ・スレイブを使おうとした・・・
「誰かを救えるなんて、とんだ思い上がりだ。俺たちに出来ることなんて・・・自分達の身体を取り戻すだけで精一杯さ・・・そのためなら・・・軍の狗と罵られようが・・・元の身体に戻ってやる。」
俺は立ち上がる。
「だけどな・・・俺たちは神でも悪魔でもない・・・人間なんだよ!」
どんなに魔法や錬金術の腕が上がっても・・・
「ニーナ一人救うことの出来なかった・・・ちっぽけな人間なんだよ・・・」
それでも、強くなりたい。
錬金術も、魔法も・・・この脆弱な心も・・・もっと強く。
「条件だと?」
俺は後日、司令部でマスタング中佐から銀時計を再び受け取って、軍に従う条件を伝えた。
「軍の任務に従う。だが賢者の石にまつわる情報は全て教えて欲しい。任務のない時は賢者の石を探すことも許してくれ。その条件なら・・・」
「人体錬成の罪を口外されてもいいのか?」
マスタング中佐が、俺を試すようにそう言った。
俺はただまっすぐマスタング中佐を見る。
「まぁ、いいだろう・・・承知した。だが賢者の石について知り得たこと全て私に報告してもらうぞ。」
マスタング中佐はため息まじりにそう言って、一つの書類を俺に渡した。
「大総統から『銘』がくだされた・・・随分皮肉な銘だがな。」
俺はその書類を読んでみる。
「大総統キング・ブラッドレイの名において・・・汝エドワード・エルリックに『鋼』の銘を授ける・・・」
鋼・・・
「国家錬金術師には銀時計と・・・二つ名が与えられる。君が背負うその名は・・・鋼・・・鋼の錬金術師だ。」
俺はニヤリと口元が歪んだのを自覚した。
「いいね、そのおもっくるしい感じ・・・背負ってやろうじゃねぇの!」
俺の機械鎧が、軋んだような音を立てた。
錬金術師は魔法使い!?
『The Night the Chimera Cries』
俺はハボック少尉に車で送られながら、後ろに流れていく景色を見る。
まったくマスタング中佐のあの態度はなんだよ。
「大将、そんな顔しなさんな。中佐、いまちょっと厄介な事件を抱えているんだ。」
ハボック少尉がバックミラーから俺を見ながらそう言った。
くわえタバコがしながら、よく運転できるな。
「事件?」
俺はハボック少尉の言葉に興味を覚えた。
「女ばかりを狙った、連続殺人だ。」
殺人・・・俺はそれにいやな感情を覚える。
「それ・・・警察の仕事だろ?」
「軍のお膝元でいつまでも放置じゃ、面子にかかわるからな。」
「・・・また出世か。」
俺を推薦したことでマスタング中佐、随分上への評価が上がったらしいしな。
俺の呟いた一言に、ハボック少尉はいきなり車を止めて、こっちを見た。
その表情は別に怒っているわけじゃなかったけど、どこか憮然とした表情だった。
「確かに中佐は、出世のためならどんな手を使うことも躊躇わない男だが、それだけなら俺たちはついていかねぇよ。」
俺にはその言葉がよく解らなかった。
「それって・・・どういう意味?」
「そのうちわかる。」
ハボック少尉はそれだけ言って、また車を発進させた。
俺たちがタッカー家につくと、中庭にはアルフォンスとニーナとアレキサンダーがいた。
みんな俺の姿を見ると、しきりにどうだったって聞いてくるから、俺は国家錬金術師の証の銀時計を見せる。
アルフォンスとニーナがしきりに「すごい!」、「やった!」と言う。
俺は照れくさくてそろそろ時計を仕舞おうとしたら、アレキサンダーが俺の銀時計を取りやがった。
んのやろー・・・俺とそんなに遊んで欲しいのか!?
そこからは俺とアレキサンダーの鬼ごっこ勃発。
・・・最後は俺がアレキサンダーに潰されることで終わったけどな・・・
俺がやっと銀時計を取り戻してしまっていると、いつの間にか中庭に出てきていたタッカーさんとハボック少尉がなにか話をしていた。
なんだか何時ものタッカーさんと少し雰囲気が違って見えたけど、俺の気のせいかな?
タッカーさんは何時もの優しい笑顔を浮かべて手を叩く。
「さあ、今日はエドワードくんの試験合格を祝ってご馳走だよ!」
ご馳走!
「やった!」
「マジっすか!」
ご馳走!ご馳走!
楽しみだなぁ・・・
俺たちが喜んでいると、タッカーさんはハボック少尉も誘っているみたいだ。
結局断ったみたいで、今まさに帰ろうとしているときに、ハボック少尉は不意にタッカーさんのほうを振り向き、
「中佐からタッカーさんに伝言です。『もうすぐ査定の日です、楽しみにしております。』と」
査定?国家錬金術師の更新査定のことか?
ハボック少尉の言葉にタッカーさんは薄く笑って答えた。
「ええ・・・わかっています。」
そのときのタッカーさんの雰囲気は、やっぱりいつもと違っていた。
いつもより豪勢な食卓の席で、俺はタッカーさんにさっきの話を聞いてみる。
「査定っていうのは、国家錬金術師の?」
俺の言葉にタッカーさんは頷いた。
「1年に1度、研究成果を報告し、評価を得ないと、国家錬金術師資格を取り上げらてしまうんだ。」
「うわー、大変だなー」
アルフォンスがそう言った。
俺も大丈夫かな?
元の体に戻る前に資格を取り上げられたら、シャレにならねぇ。
「去年はいい評価が得られなかったからね、今年は頑張らないと。」
「やっぱり人語を理解する合成獣ですか?」
アルフォンスが何気なくタッカーさんに聞いた。
そのとき、一瞬だけタッカーさんの表情がこわばって見えた。
「そうだな・・・完成したら、2人に見てもらうよ・・・」
俺はそれ以上、タッカーさんに聞けなくなって、気づかない振りして食事を楽しんだ。
なんだったんだろう、タッカーさんのあの表情・・・
食事も終わって、俺は与えられた部屋に戻って手紙を書いている。
一応、ウィンリィとピナコばっちゃんに報告しとかないとな。
マスターにも報告しといたほうがいいけど、あの人、今、どこで、なにやってんのか全然わからねーしな。
俺も国家錬金術師になったし、マスターのクレア・バイブル探し少しは手伝ったほうがいいのかな?
そもそも一体なんのクレア・バイブルなんだ?
俺がいろいろと考えていると、そこにニーナが俺の手紙を覗き込んできた。
「ああ、故郷の幼馴染に合格の報告だよ。」
俺がそう言うと、ニーナもお母さんに手紙を書くといって画用紙とクレヨンで絵を描き始める。
そういえばタッカーさんの奥さんって・・・
「お母さんって、離れて暮らしているんだっけ?」
アルフォンスがそう聞いた。
「うん、お父さんが甲斐性なしだから、愛想尽かして実家に帰っちゃったんだって。」
おしゃまな口調でそう言ったニーナ。
俺はそれに顔を引きつらせた。
誰だよ、子供にこんな言葉教えたのは!?
「お母さんからはお返事、来ないけどね・・・」
そう言って俯いたニーナを、アルフォンスが優しく撫でた。
それからしばらく時間が経って、ニーナは絵を描きかけのまま眠ってしまった。
そこにタッカーさんが来てニーナを抱きあげる。
俺はニーナが描いた絵を拾いあげる。
その絵は、ニーナとタッカーさんとアレキサンダーと母親らしき人が書いてあった。
俺はそれを見てて、心がほんわか暖かくなった気がした。
俺はそれをタッカーさんに渡した。
タッカーさんはそれを片手で受け取って見る。
「妻は・・・貧乏に耐え切れなくて、出て行った。国家錬金術師になる少し前のことでね。」
俺もアルフォンスもタッカーさんの言葉を黙って聞く。
俺たちには、なにも言えないから。
「もし資格を取り上げられたら・・・またあの頃に逆戻りだ。この生活を守るために・・・どうしても査定に通らなくてはいけないんだ。」
そう言ってニーナの寝顔を見るタッカーさんの顔は、昼間ハボック少尉と話しているときの顔のようだった。
「お父さん・・・勉強、がんばれぇ・・・」
ニーナが寝言そう言うと、タッカーさんの雰囲気が一瞬で柔らかくなったのを、俺は感じた。
タッカーさんの査定・・・通ればいいな・・・
翌日。
俺はアレキサンダーにたたき起こされて、散歩に出ようとリビングの前を通り過ぎるとなにかが燃えたいたような匂いがした。
リビングの机の上には、案の定なにかの燃えカスがある。
俺はそれを広げてみると、昨夜ニーナが書いていた手紙と絵がそこにあった。
なんでニーナの絵が・・・
俺は嫌な予感を覚えて、アレキサンダーの散歩をやめて国立中央図書館・第一分館に向かった。
俺のこの予感が的中していないことを願って。
俺は第一分館に訪れて、タッカーさんの資料の閲覧しようと思ってきたけど、断られた。
鉄血の錬金術師・グラン准将の許可がないとだめだと言われた。
俺は仕方なく分館の外に出ると、警備兵が一人の男の通行を必死に止めていた。
まだ若い20前後くらいの褐色の肌の、サングラスを掛けている男だ。
ん?顔に大きな×印の傷?
「この第一分館は国家錬金術師専用でして、軍の許可がない方はどなたも通すわけにはいきません。」
「しかしここでしかわからんと言われてきたんだ。」
どうやら、ここに用があるみたいだ。
男は警備兵の脇をすり抜け、分館に入ろうとする。
俺は見ていられなくなって、その男の腕を掴んだ。
「なんだ。」
「ごめん、でも、決まりらしいからさ。」
男はなお通ろうとしたから、俺は力余って袖を破いてしまった。
俺はすぐに謝ろうとしたら、男の腕に書かれている文様を見て、言葉を失った。
それから一瞬の沈黙の後、男の行動のほうが早かった。
俺から千切れた服の袖を取り返すと、すぐさまその場から立ち去った。
腕の文様を隠すように。
「なんだったんだ?」
俺はわけがわからくて、それだけしか言えなかった。
俺はあの後、ヒューズ少佐のところに顔を出した。
少佐にあやうく娘自慢で時間を取られそうになったけど、なんとかタッカーさんが作った合成獣について聞けた。
タッカーさんは史上初めて人語を操る合成獣を錬成した。
そして、合成獣は一言『死にたい』と言って、餌も食べずに死んだようだ。
初めて喋った言葉が『死にたい』って・・・
俺は恐る恐るもう一つ、聞きたいことを聞いてみる。
「タッカーさんの奥さんってのは?」
「ああ、セントラルに来る前に死んだっていう?」
「・・・!?」
ヒューズ少佐の言葉に、俺は息を呑んだ。
「違うのか?」
少佐がそう聞いてくるが、俺は答えられなかった。
あの優しいタッカーさんがそんなことをしたなんて、俺は信じたくなかった。
そこに電話のベルが鳴って、ヒューズ少佐はその電話を取った。
最初は軽い調子だったけど、すぐに真剣な顔になった。
例の連続殺人の被害者がまた出たらしい。
俺はヒューズ少佐に無理を言って現場に連れて行ってもらった。
俺は路地裏で母親の遺骸に泣き縋っている子供を見て、少し前の自分を重ねた。
被害者の遺体には、布が掛けられていて見えないが、きっとひどい有様なのだろう。
まわりからは、軍人達がこの事件の調査をとったりしている。
ホークアイ中尉やマスタング中佐もいる。
俺はただ、泣いている子供を見ることしか出来なかった。
ホークアイ中尉が子供を遠ざけようとするが、その子供が遺体を被せている布を掴んでずるずるとそれを引き剥がす。
顕になる母親の遺体。
俺の脳裏に、俺が錬成した母さんの姿がフラッシュバックする。
「うあああああああ!!!」
俺はそのまま意識が闇の中に落ちていった。
俺は気がつくと、タッカーさんの家のベッドに横になっていた。
ベッドの傍らにはタッカーさんがいた。
アルフォンスとニーナの姿は見えない。
別の部屋にいるみたいだ。
「ひどいものを見たようだね。」
タッカーさんが優しい声で言ってくれる。
「・・・もう、大丈夫です。」
「ずっとお母さんの名前を呼んでいたよ・・・そして・・・謝っていたよ。」
「・・・!」
あの頃から俺は成長してねーのかな・・・
「君たちの身体を見たときから・・・もしかしたらと思っていたが・・・」
その優しい声に、俺は頷いた。
やっぱり・・・この人があんなことをした人だなんて思いたくない・・・
俺はタッカーさんに俺たちの・・・いや、俺の罪を告白した。
一縷の望み・・・この人を信じたいから、俺は話した。
しばらくして話し終わると、タッカーさんは眼鏡を拭きながら言った。
「母親か・・・辛かったね。」
俺はタッカーさんと目を合わすことが出来なかった。
「・・・本来、君たちのしたことは許されないことだ。」
「・・・はい・・・」
それはわかっています。
「・・・だが、気持ちはわかるよ。」
そう言ったタッカーさんは、微笑んでいた。
俺は泣きそうになったが、階下からの騒ぎに気づいた。
俺とタッカーさんが下に行くと、何人もの軍人が入ってきていた。
その中央には、肌が黒い、厳つい顔をした禿頭のおっさんがいた。
そのおっさんは俺とアルフォンスの姿を見ると、忌々しそうな顔をする。
「マスタングがなんと言ったか知らんが、ショウ・タッカーについては、このバスク・グランが後見を勤めている。」
「バスク・・・グラン。あんたが。」
鉄血の錬金術師、バスク・グラン准将かよ・・・
「綴命の錬金術師の研究は、軍の最高機密事項だ、軽々しく他人が出入りしていい場所じゃない。」
グラン准将は横柄な態度で、俺たちにいますぐ出て行けと、言外に命令した。
・・・俺たちはそれに従うしか、なかった。
その日の夜。
俺とアルフォンスはタッカーさんの家に忍び込んだ。
どうしても確かめたいことがあったから。
「こんなことして、せっかく手に入れた資格、取り上げられたら・・・」
「なにもなければそれでいいんだ・・・それで・・・」
俺はアルフォンスの言葉を遮るように、それだけ言った。
本当に・・・なにもなければいいんだ・・・
俺とアルフォンスはタッカーさんの研究室に恐る恐る入っていく。
そこにいたのは、俺たちが知っているあの優しいタッカーさんとは明らかに違う雰囲気を纏っていたタッカーさんだった。
タッカーさんは俺たちに驚く様子もなく、まるで待っていたとばかりにこちらを見てくる。
「タッカーさん・・・」
俺は名前を呼ぶと、タッカーさんは身体を横にずらした。
タッカーさんの足元にいたのは、茶色の毛並みの・・・長毛種の大型犬を髣髴させる合成獣がいた。
「見てくれ・・・人の言葉を理解する合成獣の完成品だ。」
そう言ったタッカーさんは、本当に誇らしげだった。
「いいかい、この人はエドワード。」
タッカーさんが合成獣にそう言うと、合成獣は首を傾げてやがて・・・
「えど、わーど?」
と言った。
アルフォンスはその合成獣の言葉に驚きの声を上げているが、俺はなにも言えなかった。
穴の開いていたパズルが全て、俺の中で完成されていく。
いやだ・・・信じたくない・・・
だが、その合成獣は俺の匂いを嗅ぐと、銀時計を引っ張り出してこう言った。
「お、にぃ、ちゃん・・・」
それが限界だった。
「タッカーさん・・・あなたがはじめて人語を理解する合成獣を錬成したのは・・・」
「2年前だ。」
俺の問いにタッカーさんはよどみなく答えた。
「あなたの奥さんがいなくなったのは・・・」
「・・・2年前だね。」
今度は少し間が空いた。
そして、これが最後の質問。
「ニーナとアレキサンダー、どこ行った?」
「君のような勘のいいガキは嫌いだよ。」
俺は我慢出来なくなって、タッカーさん・・・いや、タッカーを壁に思いっきり押し付けた。
「兄さん!」
「ああ!そういう事だ。」
アルフォンスも気づいたみたいだ。
「自分の奥さんを?」
「そして今度は娘と犬を使って合成獣を錬成した。」
合成獣・・・いや、ニーナは首を傾げてこっちを見ている。
「!人間を使えば楽だよな、ああ!?」
「なにを怒っているんだ・・・エドワードくん。」
やめろ・・・
「動物実験にも限界があるからな。医学に代表されるように人類の進歩は無数の人体実験の賜物だろう。」
そんな・・・子供に語りかけるような口調で・・・
「君も科学者なら・・・」
言わないでくれ!!
「ふざけんな!こんなことが許されると思ってるのか!?こんな・・・人の命を弄ぶようなことが!?」
俺の言葉に、タッカーは笑った。
醜い笑顔で・・・
「人の命!?はは、そう、人の命ね。君の手足、弟の身体、それも君が言う、人の命を弄んだ結果だろう!?それを知って、私ももう一度やる決心がついた!」
俺はそれ以上聞きたくなくて、タッカーの顔面を右腕で殴った。
タッカーがなにかを言うたびに、俺は右腕で殴った。
俺は・・・あんたを信じていたのに・・・
「兄さん、それ以上は死んでしまう。」
アルフォンスが俺を止める声が聞こえてくるけど、俺のこの荒れ狂う怒りは収まらなかった。
さらにタッカーを殴ろうとする俺を、ニーナがコートの裾を引っ張って止めた。
そこで俺はニーナのほうを向く。
ニーナは俺の目から見て、完璧に錬成されてる・・・でも、もしかしたら魔法で・・・
「ニーナ・・・ちょっと痛いかもしれないけど、我慢な・・・」
「兄さん、再錬成する気なの!?」
違うよ、アルフォンス。錬金術じゃなくて、魔法だよ。
俺は詠唱を開始しようとした時、グラン准将とその部下達の軍人が入ってきた。
護送車に乗せられるタッカーとニーナ。
俺は必死にグラン准将に訴えるが、最終的に准将は俺の腹を思いっきり殴ってきた。
俺はたまらずその場に蹲る。
そして、護送車は走り出した。
「連れ去られてたまるかよ!・・・ディル・ブランド(炸弾陣)!」
俺はアルフォンスに聞こえないようにカオス・ワーズを唱え、車を転倒させた。
致死性は低いから、そんなに被害はでかくないはずだ。
その衝撃でニーナは車の外に出られたみたいだけど、どこかに走っていってしまった。
俺とアルフォンスは、必死にそれを追いかける。
そして・・・俺たちがニーナを見つけたとき・・・
路地裏の突き当たりで、合成獣を叩きつけたようなシルエットとそこから滴っている血しかなかった・・・
「ごめん・・・ごめん・・・ニーナ・・・」
錬金術師は魔法使い!?
『National Alchemy Teacher Qualifying Examination』
(エドワード視点)
俺たちは今セントラルにいる。
ここに来るまでいろいろあった・・・ある村では愛故に狂気に駆り立てられた男を正当防衛とはいえ殺し、列車に乗れば列車強盗に会う。
短い間なのに本当にいろいろなことがあった。
始めて人を殺した夜は危うく潰れそうになったが、俺たちがやらなきゃいけないことを思い出してなんとか踏みとどまった。
それにマスターのこともある。
『これぐらいで潰れるなら、あたしが完膚なきまで潰してあげるv』と笑顔で言われそうだしな・・・
そうこうして、俺とアルフォンスは国家錬金術師資格試験を受けるために、ロイ・マスタング中佐のところにいる。
マスタング中佐は、俺とアルフォンスの覚悟を聞いてくるが、そんなのもうとっくの昔に出来ている。
そう言ったら、マスタング中佐は最適な環境で勉強してもらうと言って、一人の国家錬金術師を紹介してきた。
生体錬成の第一人者。
綴命の錬金術師・ショウ・タッカーを。
タッカーさんは優しそうな人だった。
快く書庫の資料も見せてくれたし、娘のニーナと犬のアレキサンダーも俺たちを歓迎してくれた。
流石、史上初めて人語を理解する合成獣・・・キメラを錬成した人の書庫だと俺は思った。
夕食のとき、タッカーさんに勉強の具合はどうだって聞かれたけど、タッカーさんの書庫の本は知らないことが多すぎて、まだ頭の中をぐるぐるしてる。
ニーナがなにも食べない・・・いや食べられないアルフォンスに食べるように薦める。
それは純粋な好意だから、俺もアルフォンスも無碍に出来なくて、仕方なくアルフォンスは食べる振りをして鎧の中に食べ物を放り込む。
俺はそれを横で見ていて、胸が締め付けられそうだった。
・・・・・・俺がアルフォンスをこんな体にしてしまったのだから。
アルフォンスは、そんな体にしてしまった俺をどう思っているんだろうか?
それから俺とアルフォンスは毎日錬金術の勉強に励んだ。
国家錬金術師になれば、道が拓けると信じて・・・
俺たちがタッカー家にお世話になって数ヶ月。
季節も冬に変って、最近寒くなってきちまった。
俺は今日も書庫で本を読んで勉強中。
ゴーン
そのとき、柱時計の時計が鳴って俺ははっとなった。
「いけね!もうこんな時間か。」
俺は持っていた本を傍らに置いてアルフォンスの姿を探すが、書庫のどこにもいない。
そのとき俺は、外のほうでニーナとアルフォンスの楽しそうな声が聞こえてきた。
「遊んでんのか?」
俺はそう思って中庭に出ると、そこには一面の白銀世界が広がっていた。
「「兄さん(お兄ちゃん)!雪!!」」
楽しそうに雪遊びしているアルフォンスとニーナに触発されて、俺も一緒になって雪の中を飛び込んだ。
本当に久しぶりに楽しい一時だった。
勉強ばかりだったから、いい息抜きにもなったしな。
「試験が終わっても、お兄ちゃんたち、うちにいてくれるといいな。」
俺たちが雪の上に寝転がっていると、ニーナがそんなことを言った。
俺たちが国家試験に合格したら、もうここにいる理由がなくなる。
そうすれば、ニーナともお別れか・・・
俺は暗くなりかける思考を振り払って起き上がると、近くの枝を拾う。
そして俺は簡単な錬成陣を雪の上に書き始めた。
「お兄ちゃん、それなに?」
ニーナが俺の手元を覗き込みながら聞いてきた。
「錬成陣って言ってな。願いが叶うおまじない。」
俺はそう言って、書き終わった錬成陣に手をあてて、錬成を始める。
錬成陣が光り、そこから植物の芽が出て、あっという間に華を開かせた。
「うわあ、すごーい!」
ニーナはそれに目をきらきらさせて、俺が錬成した華を見る。
俺はその華を華冠にして、ニーナの頭に乗せてやる。
「よう、エルリック兄弟!」
そこに聞き覚えのある声がして、俺たちがそちら見ると、列車強盗事件でお世話になった軍人がいた。
確か名前は・・・
「ヒューズ少佐」
俺が名前を呼ぶと、人のいい笑顔でこちらに手を振ってる。
「迎えにきてやったぞ、今日エドの誕生日だろ?」
そう言われて、俺は今日が何日なのか思い出した。
隣のアルフォンスも俺の誕生日を思い出したようだ。
誕生日・・・家族に祝ってもらった思い出と一緒に、ある種封印しておきたい記憶も蘇る。
マスター・リナが俺の誕生日に用意するプレゼントいう名の地獄が・・・
本人曰く、俺を鍛えるためのバースデー・スペシャルだって言うけど、そんな生易しいもんじゃない・・・あれは地獄だ!
一番最初は猛獣の潜むジャングルに何も持たされずに放り込まれて、次の年はブリッグズ山の人食い熊と一騎打ち・・・じゃなくて、一対多数・・・ほかにもアルフォンスや母さんにバレないように綿密に工作してあれこれしてたよな・・・あの人・・・
俺は今年もなにかありそうな予感がして、無意識のうちに震えが走ったけど、それをヒューズ少佐は寒さのせいだと思って特に気にもしなかった。
「祝い事はみんなで分かち合ったほうが楽しいからな!」
そう言って笑うヒューズ少佐に、俺は感謝の反面、少し憎らしく思えた。
本当に、いやなこと思い出しちまったぜ・・・
俺たちはヒューズ少佐の家に招待されて、奥さんのグレシアさんに出迎えられた。
俺たちがグレイシアさんに思ったことは・・・
「うわっお腹大きい!」
「赤ちゃんうまれるんですか?」
これだ。
本当にお腹が大きくて、そこに新しい生命があると思うとなんだかちょっと感動する。
グレイシアさんに「触ってみる?」と薦められたけど、俺はなんだか怖くて遠慮した。
ニーナは嬉々として触っている。
「あ、動いた!」
ニーナの言葉に俺とアルフォンスは、本当にそこに生命があるんだって思えた。
それからは美味しい料理に、美味しいケーキ・・・温かな空気に俺たちは楽しんだ。
今年の誕生日はいい日になりそうだ。
そして日も暮れて、グレイシアさんが新しいお茶を注いでくれようとしたとき、事件は起こった。
「・・・産まれる・・・」
この一言で俺たちは大パニックになった。
病院に行こうとしても外は吹雪になってる。
この吹雪の中、グレイシアさんを病院に連れて行くのは無理だと思った俺たちは、ヒューズ少佐が医者を連れてくることになり、残った俺たちはグレイシアさんの指示で、タライいっぱいのお湯とたくさんのタオルを用意する。
ニーナもグレイシアさんの汗を拭ったりしながら、手伝ってくれる。
俺たちは右往左往しながら、医者を待つ。
その間、グレイシアさんは必死に痛みに耐えている。
「ちくしょー・・・俺たちには何も出来ないのかよ・・・」
俺の魔法も錬金術も、こんなとき何の役にもたたない。
俺は拳を自分の手のひらにあてて、悔しさに歯噛みする。
「お兄ちゃん・・・お湯冷たい。」
俺は用意したお湯が冷めてしまったことをニーナに言われて、お湯を取り替えようとタライを持ったとき、錬成反応が起きて、お湯が瞬時に沸騰した。
「「!?」」
な・・・なんで錬成陣もなしに!?
俺とアルフォンスはその現象にまたパニックになったが、グレイシアさんの呻きにまた違うパニックに陥った。
「医者はまだかーー!?」
思わず叫んでしまった俺を、誰も責めないで欲しいとそのとき心底思いました。
(??視点)
あたしは窓の外から、中の様子を見てため息を吐いた。
今日はあいつの誕生日だから、なにか祝ってやろうと思ってきたんだけど・・・その必要もなかったか。
「今年はなにもしなくても良さそうね。」
あたしはそう呟くと、離れたところから医者を抱えた無精ひげの男が走ってこっちに来てる。
やばっそろそろ行かないと・・・
あたしはそのままレビテーションで空を飛ぶと、その家から離れた。
「Happy Birthday Edward。」
(エドワード視点)
結果的に言うと、赤ちゃんは無事に生まれた。
女の子だった。
俺は思わず泣いちまった。
生命が生まれるのが、こんなに感動するなんて思わなかった。
アルフォンスが産まれたとき、俺は1歳くらいだったから覚えてないけど、アルフォンスもあんな風だったんだ。
絶対、俺がアルフォンスを元に戻してやるんだ。
俺は決意を新たに、その新しい生命の誕生を祝った。
それから俺たちはますます錬金術にのめりこんだ。
あの頃の体を取り戻すために。
そして始まった試験当日。
最初は筆記だったけど、俺は最後の問いまで行き着けなかった。
アルフォンスは最後まで書けたみたいだけど、自信ないのか、それとも次の面接のことを考えているのかしょんぼりしている。
それで、雪も無くなりかけているタッカー家の中庭で、俺とアルフォンスがぼーっと空を見上げていたら、マスタング中佐が尋ねてきた。
そして尋ねてきた理由は・・・
「どういうことですか!?僕に面接を受けるなだなんて・・・」
ここはタッカー家から離れた路地裏。
そこで聞かされた内容は、アルフォンスにこれ以降の試験を受けるなというものだ。
理由はなんとなく解る。
面接には、人によって健康診断もあるからそれでアルフォンスの体を調べられでもしたら・・・
だから俺はアルフォンスに言った。
「国家錬金術師ってやつは、戦争が起これば駆り出されるし、大衆のために使うべき錬金術で人を殺めることだってある。」
アルフォンスをそんな目にあわせたくない。
俺の自己満足でも構わない。
それでアルフォンスが少しでも危険から遠ざけることが出来るなら・・・
「国家錬金術師になるのは俺だけで十分だ。約束する。俺が国家錬金術師になってお前の願いを叶えてやる。」
俺は有無を言わさず、そう言った。
アルフォンスの願いは、俺が必ず叶えてやるからな。
俺は面接もパスできた。
そして、最後の実技試験。
俺は面接で自分の言ったことを思い返してみる。
この試験の動機を・・・
『・・・約束したんだ。たった一人の家族と・・・必ず、国家錬金術師になるって。』
あの気持ちに偽りなんかない。
アルフォンスのためにも、絶対合格するんだ。
俺は大総統から与えられた目の前の物質・・・氷、水、土、木などの様々なものを目の前になにを錬成しようか考える。
「一体どうすりゃ・・・合格できるんだ?」
俺が考えている間に、一人の男が前に進み出て、巨大な塔を錬成した。
あんな大質量の錬成を・・・
次に別の男が木と水を錬成する。
出来たものは、巨大な紙の風船と風船を浮かせている水素。
風船はどんどん上昇していって塔の先端に向かっていく。
「!?」
やばい!あのままだと風船が塔に!
風船は俺の予想通りに塔の先端に刺さって、塔もろとも崩れていった。
しかも塔の真下には、塔を錬成した人が力尽きて動けない状態。
俺は無我夢中で走った。
詠唱・・・ダメだ、間に合わない!
俺は無意識のうちに手を合わせると、地面に手をついて錬成した。
材料は、塔と風船!
錬成反応が起こり、空から花びらが降って来る。
俺が空を見ると、そこには巨大な華冠が出来ていた。
俺は自分の手を見る。
あの錬成は先生と同じだった。
試験も終わり、俺はアルフォンスと一緒にタッカー家に帰る。
アルフォンスの背中には、アルフォンスと一緒に俺の試験の応援に来ていたニーナがすやすやと眠っていた。
「アル・・・俺、もうあれこれ悩むのやめにする。前だけ見て突っ走る。行き止ったら、そん時はそん時だ。」
俺は振り返ってアルフォンスを見上げる。
「いつか、必ず、お前を元に戻してやるからな。」
「うん・・・!その時は兄さんも一緒だよ!」
そう言って俺たちは拳を合わせた。